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02-Jan-2013

厩 火 事 

 「厩焚ケタリ 子 朝ヨリ退キテ曰ク 人ヲ傷イタル乎ト 馬ヲ問ワズ」。
 
 (孔子の留守中に,家人の不注意で厩が火事で焼けてしまった。急いで帰ってきた孔子は、人に怪我はなかったか、皆は無事だったか、とそのことだけを尋ねて、日ごろ大事にしていた馬の安否については一言もふれなかった)というお話。

 ご存知、落語の”厩火事”の原典、論語の中の一文であるが、も一度読み直してみてもらいたい。何という簡潔な文章であることか。無駄な字が一字も無い。余計な説明も無い、それでいて孔子の暖かい人柄が ”馬を問わず”一言でずばり言い表されている。
 余計な説明と無駄が無いからかえって読む人に余韻が残ることになるのだろう。 「文章トハ カクアルベキ乎}。

          教  え

 ーーー「あの竹を見てごらん、雪が積もって重そうに今にも地に着きそうに曲がっている。ほら、こうやってポンと竹の幹を叩くと雪が落ちて、またピンと立って気持ちよさそうになる」ーーー「昔から ”にくいから叩くじゃないぞ 竹の雪”といってね、お前を叱ったり、きついこと言ったりするのはお前がニクイからじゃないんだよ」。

 ”働け 働け 働くものに 病なし 流るる水の 腐れぬをみよ”ーーー「ほら、あそこのよどんだ水にはあぶくが浮いてボーフラが湧いて・・・人間も同じことなのよ、流れる水は腐らない・・・」。

 子供の頃、母から教わった教訓・昔の教えには言葉だけではなく、その時々、具体的な例示があって,幼な心に ”なるほど”と思いこませるものがあった。
 こんなことは学校では教えてくれなかったように思うが、母子の伝承は近頃どうなっているのだろう。

         電  車 ・ 二 題 

       (子  供)
 私鉄電車の駅。リュックを背負った小学生が何十人か,幾つかのブロックに分かれてホームにしゃがんでいる。静かである。
 電車が来る。先生の指示に従って立ち上がり電車内へ移動ーーー整然としている。電車の中でも全員無言、はしゃいだり、いたずらしたりするもの皆無、何か異様な雰囲気ーーー。

 静かなのは助かるが、これじゃ子供じゃない。何とも去勢された人形みたいで面白みがない。子供達も、折角の遠足がこれじゃ禅の修行僧みたいなもので、思い出にも何もなるまい。
 躾けの限度も難しいものだなあ。

       (高 校 生)
 学校が近くにあるのだろう。朝、通勤電車の乗降時に高校生の一群に出会う。柄だけは大きいが、どれもこれもぞろりぞろりと動きがにぶい。何とも見ているだけでいらいらする。土筆生は特に気が短いとは思わないが ”もっと、さっさと動けないのか”と喝をいれたくなる。

 我々の若いころはーーーと言いたくなるのは年をとった証拠だそうだが、ことごとに ”動作がニブイ” ”三歩以上は 駆け足”とあおられ、学校の階段は二段ずつかけ上がるように指導された。軍国調ではあったが、今考えてみても、我ながらきびきびとして気持ちが良かった。
 いつもすきっ腹ではあったが、皆が今の”新人類”と比べて、何よりも目の色に輝きがあったように思うのはひがめだろうか。
(86・S・61・8)