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02-Jan-2013

ス ラ ン プ

 スランプである。筆がすすまない。
 ”書く”ということは”考える”ということ。・・・書けないということは、ものを考えていない、ということか。投げやりではなく、あれもやらねば、これもしなければーーーという気持ちはあるのだが、どうにも気力が充実しない。

 山本夏彦さんによると、連載というものは、一年経つ毎に編集者に ”やめようか”と声をかけるのが礼儀だと言う。読者も編集者も飽いているのに、声がかけにくくているのかもしれないからだ、という。
 そうこうしているうちに、たまりかねて相手から打ち切られるより、プライドのためにも自分から言い出しておくべきだ、というのである。

 少しグチッぽくなってきたが、相撲の横綱・大関ならともかく、土筆生は今月は”休場”というわけにも参らない。
 ”まあ、人生時々にいろんな起伏があって、落ち込むことだってあるさ。だけど朝の来ない夜はない。明るい朝になってみれば、悶々と悩み通した夜が馬鹿みたいに思えることもあるだろう。いつかの時もそだったじゃないか・・・”と、理性では自分を励ましてみるのだが、何も解決しないままに貴重な時間が過ぎていく。

 そんなこんなでいる時に、土筆生の敬愛するエッセイスト江国滋さんの一文に出会った。
 
 「もう長い間うつ状態が続いている。旅に行っても、飲みに行っても心が弾まない。(略)仕方がないから、ぼんやり煙草を吸いながら消沈した心の中をただのぞいてばかりいる」。
 
 「(略)気持ちが塞ぐ原因の多くは、この程度のくだらないことばかりだが、くだらないことが積もり積もると、どうしても憂うつになる。憂うつは沈殿し凝固する」。

 「(略)こういう時には、たとえば見知らぬ土地の、身も心も凍てつくような、うらぶれた飲みやで飲んだくれて反吐はいて、そして我を忘れてしまえば、これは一つのショック療法として悪くないと思うのだがーーー」。

 江国さんではないが、わが気持ちが塞ぐ原因もくだらないことばかり。本来の本筋の仕事そのもののことではなく、その回りの人間関係、感情問題でごたごたと精力をすり減らす。充分時間をかけて話し合ったつもりが、豈はからんや、全くの自己満足。理解は全く進んでいなくて、途方もないところから足もとをすくわれる。
 人の心の難しさに、ほとほと疲れているところで前述の文章に出会った次第。
 
 ・・・「見知らぬ土地のうらぶれた飲みやで飲んだくれて・・・。憂うつは沈殿し凝固するーーー」。

 次は、そんな江国さんが旅先で見た夕陽の描写。

 「ーーーばら色が少しまじった熟し柿のような大きな太陽が、みるみるうちに半分になったかと思うと、たちまちオレンジ色に変わり、水平線が黄金色に染まった
 次の一瞬、まるで錘りで引っ張られるように真っ赤な塊がひと呼吸ですうと沈んでいった。息をのむ美しさである」。

 こんな夕陽をみれば大自然の大きさに溶け込んで、少しは自分の気持ちも浄化されると思うのだが・・・。

(86・S・61・10)