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02-Jan-2013

原 爆 忌

 また八月がやってきた。
 もうあれから四十四年も経つというのに、毎年八月・・・入道雲の季節になると、あの敗戦の年のことが思い出されてくる。
 当時長崎に住んでいた自分にとっては、これらの日々が自分の青春時代のすべてを凝縮し、そしてピリオドを打った思い出の日々として、正月やお盆とは比較にならない重要な意味を持った月であり日々なのである。

 昭和二十年(45年)八月、長崎。
 ーーー毎日、日本中の主要都市のどこかが米軍のB29の爆撃を受け、もう誰の目にも敗戦は明らかだったのだろうに、中学三年生で十四歳の少年は「神州不滅」頑なに日本の勝利を信じて、戦地で命がけで戦っている兵隊さんに代わって学徒動員、一直十二時間・二交替勤務の旋盤工として工場通いだった。

 何でも「④艇」という特攻用のモーターボートのシャフトに使用されるものらしいという噂だったが、マイクロメーターで許容誤差一ミリの百分の五までという厳しい仕事だった。
 何もかも㊙で何も分からないままだったが、毎日毎日使命感に燃えて、とにかくお国の為にしゃにむに働いた。夜中におにぎり二個と沢庵を支給してくれるのを唯一の楽しみに。

 そして運命の日ーーー。
 後で聞いた話では、六日に広島がやられ、次は長崎を爆撃の目標にするというビラが撒かれていたということだが、そんなことは知る由もなく、もし知っていたとしても逃げようもなかったろうが、その長崎に原子爆弾が落とされたのは八月九日、午前十一時○二分だった。

 徹夜勤務の明け方、旋盤で右手の薬指をつぶし、爪をはがして三針縫い公傷十日の通院日。朝から浦上の三菱病院に行ったが,空襲警報の発令で診療中止。しかたがないので家に帰り着いた途端だった。
 突然、目を閉じていても飛び込んでくるイナヅマのような光が閃いた・・・。
一瞬、家の中で体ごと吹き飛ばされ、しばらくは何がなんだか分からなかったが、気がついて驚いた。畳はめくれてる、タンスはずれてる、天井板がズリ下がっている、大きな石が部屋の中に転がっている,尖ったガラスがふすまに無数に突き刺さっている。屋根瓦が飛んでいる・・・なんとこれらのことが瞬時に起こったのに一緒に居た弟ともども裸同然で怪我もしなかったのは ”奇跡”というべきか。
 そして後で分かったことだが、外出していた母と妹、やはり兵器工場に動員されていた姉も無事・・・。
 しかし、たまたま仕事で爆心地の中心近くの会社に居た父は、まるで我々皆の身代わりにでもなったかのように、その時すでに昇天していたのだった。

 その日は中心地の様子がわからないまま。夜になっても翌日になっても帰ってこない父を、どこかに避難していてひょっこり帰ってくるものと疑いもせず、裏山の防空壕に避難する度に、父宛のメモを残して・・・。

 日がたつにつれて ”空中魚雷”だ、”新型爆弾”だ、といろんな噂がとび、日とともに元気そうに見えたあの人この人が白血病でばたばた死んでいく。朝起きてみて、髪の毛が抜けたらだめらしい、歯ぐきから血がでたらだめらしい・・・と恐怖の毎日だった。 そしてあの焼け野が原を見るたびに、どうしてもこれが一発の爆弾の被害とは信じられなくて・・・。

 そして八月十五日。
 ラジオが朝から何度も ”正午に重大放送があるから必ず聞くように・・・”と繰り返し、ガアガアという雑音の中でうまく聞き取れなかったが、とにかく、その放送で戦争は終わり「敗戦」。
 
 ーーー「耐へがたを耐へ、忍びがたきを忍び・・・」というけれども、その決定がもう六日早ければ父も無駄に死ななくてもよかったのに・・・。

 ーーーあの日、蒸し暑く焼けただれた街の空に、純白に盛り上がった入道雲の下で、七十年間は草も生えぬといわれた長崎に、かわらトンボが群れをなして低く飛び交っていたのが、今でも鮮やかに思い出される。
(89・H・元・9)

        *        *       *
     
    生 野 實 様

      前 略、
       九月号の片々草「原爆忌」拝見。読後しばし感無量。
      過日、ある席で、貴兄の片々草の話あり、小生は
      「彼の片々草の深奥には、長崎での原爆体験が流れ
      ているのではないか」と評したが、その評はあなが
      ち外れていないのではないか、と九月剛を拝読して
      思った次第です。
       今後の益々のご健筆をお祈りする。
                          草 々

               大和市XX
                    M.Y.

       *         *         *