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2010.7.26
HSPiPは現在3人で開発が進められています。アボット先生、自分(山本)そして、ハンセン先生です。ハンセン先生はもうプログラミングをされないので、実質はアボット先生と自分の2人でコード、データベースを作成しています。
HSPの基本概念は、"Like seeks like"、似たものは似た所を探す。でも我々3人は国も、言語も、コンピュータ言語も全く異なるのに、なんか探していたのはここなんだって言うような不思議な関係です。
ハンセン先生(左端)、アボット先生(中央)、山本(右端)
この写真は2009.7月に2週間ほど家族でイギリスに遊びに行った時のものです。
ハンセン先生もデンマークから駆けつけてくださり、チーム結成のお祝いにシャンペンをあける所です。
山本が手にしているのは、ハンセン先生のHSP、User's Handbookで先生のサイン入りです。
始めてアボット先生とメールを交わしたのが、2008.7月ですので、その1年後にご自宅に招待された訳です。
ハンセン先生はデンマークからブーメランを持ってきてくださり、子供に投げ方を教えてくださいました。その後、このブーメランは、子供へと、頂いたのですが、家宝としてしまってあります。
アボット先生のご自宅で、3時のお茶をしながら、開発の方向などを議論している所。
ハンセン先生に別れ際に言われた事です。 「ぼくは、40年間、溶解度パラメータを一人でやってきた。それなりに利用者は居るけど、このまま自分が死んだら終わるのかなとずーっと思ってきた。それがAbbottが現れ、次にHiroshiが現れた。夢かなとも思ったけど、考えてみると当たり前の事だ。何故ってHSPってすごいものなんだから。」
「いや、僕はまだノーベル賞諦めた訳ではないよ」そんな言葉が飛び出る先生たちと仕事をするのはとても刺激になります。事実、2008年にはノミネートされていたそうです。
2009年は、こちらも小さい子供を連れての旅だったので、多くの議論はできませんでした。
その後は、毎年1回HSPiP開発者会議(2週間程度)を行っています。(震災の年は除きますが)
2020年以降は、もう少し短く、頻繁に行こうかなと考えています。
HSPiP開発者会議に参加を希望される方は、お問い合わせください。
2年前に,カルフォニア工科大学の友人の紹介で,初めてメールを交わした時には,「お前は何ができるんだ? 自分のメジャーの論文を送れ。」などなど。
ちょうど、ばたばた博士号をとった時で、しかも論文博士だったので、今考えると博士号とっておいてよかったとシミジミ思いました。
博士号は「足の裏についたご飯粒のようなもので、取らないと気持ち悪いが、とっても食べられない」などとも言われていますが、いざ海外の研究者と仕事やろうと思ったら無くてはすまないでしょう。
それから,半年はユーザー・ハンドブックにある化合物にCAS番号をつけてくれとか,Smilesの構造をUNIFACの原子団に変換できるようにしてくれとか結構つまらない話しか回ってきませんでした。
構造の間違い,HSP値の間違い,名称の間違いなどを指摘したりするにつれ,半年後ぐらいから徐々に受け入れてもらえるようになりました。
それからはトントン拍子に重要な部分のプログラミング,データベース管理なども任されるようになりました。
始めてメールを交わしてから、1年で1000通以上もメールを書きました。
多いときには、1日に10通以上です。
一生の間で、これほど英語を書いたことはありませんでした。。。
アメリカ人は損得でついたり離れたり激しいですが,ヨーロッパの人は受け入れるまでは時間がかかるが,ひとたび受け入れてもらえれば,芯から親密になれます。
以降 別ページで
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