接着とハンセン溶解度パラメータ(HSP)

2022.9.3改訂(2010.10.2)

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概要

日本では接着現象はHildebrandのSP値で説明されることが多いが、これは定量的な水素結合項を持たず現象の理解には力不足である。
ここでは、クロロプレン・ゴム、エポキシ系の接着剤の溶媒に対する溶解性、膨潤率をSP値やHSPを利用して解析する例を紹介する。
接着剤のミクロ相分離構造が溶解性にどう寄与するかをSOMを用いて考察する。

内容

 溶解度パラメータが接着に使われ、その有用性が広く認識されるきっかけとなった重要な論文は、間違いなくY.IYENGARとD.E. ERICKSOMの論文だろう。

IYENGAR and D. E. ERICKSON, “Role of Adhesive-Substrate Compatibility in Adhesion”, Journal of Applied Polymer Science Vol. 11, PP. 2311-2324 (1967)

この論文ではPETを、様々な溶解度パラメータの接着剤で接着し、その剥離強度とSP値の関係を検討した。

その結果から、剥離強度が最大になるSP値、10.3がPETのSP値であるとしている。
(SPが古い単位系なので、2倍して考えて頂きたい)

この研究以降、接着性とSP値は様々に検討され、論文、成書に記述されているので、接着関係の研究者にはなじみが深いだろう。

この論文が発行された1967年の同じ年、Hansenは”The Three Dimensional Solubility Parameter and Solvent Diffusion Coefficient”という本を出版した。
 
それまでのHildebrandのSP値に対して、ハンセン溶解度パラメータ(HSP)が広く利用され始めるきっかけとなった本である。

しかし、特に日本では、先の論文のインパクトが非常に強かった為か、未だに接着に使われる溶解度パラメータはHildebrandのもので、HSPが利用される事は少なかった。

HildebrandのSP値は水素結合項を持たないため、現実の接着剤の設計では余り有用ではなかった。

クロロプレン系接着剤

そこで、水素結合指数を導入して理解を深めようとする試みがなされた。
この場合の水素結合指数は、溶媒の表面張力の項を、分散項、分極項、水素結合項に分割し、その水素結合項を使った。

1: nーペンタン, 2: nーヘキサン, 3: n-ヘプタン, 4: シクロヘキサン, 5: ニトロプロパン, 6: ニトロベンゼン, 7: ODCB, 8: ベンゼン, 9: トルエン, 10: キシレン, 11: CCl4, 12: テルペン, 13: DIBK, 14: n-酢酸プロピル, 15: アニリン, 16: アセトン, 17: MEK, 18: 酢酸エチル, 19: メチルセロソルブ, 20.: イソプロピルアルコール, 21: イソアミルアルコール, 22: カービトール

クロロプレン系ゴムを溶解する溶媒を、その溶解度パラメーターと水素結合指数とで分類した上図が、接着ハンドブックに記載されている。

この接着剤は完全に溶解していないと接着力を発揮できない事が知られており、図中の赤四角の溶媒がクロロプレンゴムを単独溶媒で溶解する。

そのような単独溶媒は図中で一カ所に集まっていることが分かる。

そこで、新たな溶媒がクロロプレン系接着剤を溶解するかどうかはHildebrandのSP値と水素結合指数が分かれば予測することができる。

しかし、表面張力の水素結合項はあまり一般的な指標では無く、汎用溶媒全てについてその値を得る事は不可能である。

また、四塩化炭素、ベンゼン、ニトロベンゼンなどは、接着剤の溶媒としては不適切であるので、実際には混合溶媒が多用される。
一般的にはn-ヘキサン、シクロヘキサンなどの非極性溶媒と、メチルエチルケトン(MEK)や酢酸エチルのなどの極性溶媒の混合溶媒が使われる。

しかし、上図をみるとそれらの非極性溶媒と極性溶媒は、どれも単独ではクロロプレンゴムを溶解しない。

それなのに混合溶媒はクロロプレンゴムを溶解する。

(この問題に対しては、非極性溶媒(図中左下)と極性溶媒(図中右上)を線で結び、良溶媒の領域に入る組成を決定するという方法が知られている。)

この混合溶媒の問題と水素結合指数の問題を、Hansen溶解度パラメーターを使って解析する。

次のデータセットからHSPiPを用いてSphere計算用のデータを作成する。

古いHSPiP用データセット作成法



まず最初に各溶媒のHSPの値と、その溶媒がクロロプレン・ゴムを溶解(Score=1)したか、溶解しない(Score=0)かをいれこんだテーブルを作る。
そしてそのテーブルをssdフォーマット(Ver. 3.1ではhsdフォーマット)でセーブする。そのデータをHSPiPソフトウエアーで読み込みSphereを計算する。

Sphere計算用のデータができれば、たちどころに、このゴムの HSPは [19.12, 3.74, 4.45] で相互作用半径は 7.2であることが求まる。

この情報が求まると、新たな溶媒がクロロプレンゴムを溶解するかどうかは、テストしたい溶媒のHSP[dD,dP,dH]から

HSP距離=(4.0*(dD-19.12)*(dD-19.12)+(dP-3.74)*(dP-3.74)+(dH-4.45)*(dH-4.45))^0.5 

を計算して、HSP距離が相互作用半径7.2以下であれば溶解し、以上であれば溶解しないと判断する。

HSP距離

HSP distance(Ra)={4*(dD1-dD2)^2 + (dP1-dP2)^2 +(dH1-dH2)^2 }^0.5

3次元グラフほどは見やすくないが、HSPを使った場合には、定量的な水素結合項が手に入るので、下図のようなグラフは簡単に書くことができる。

また混合溶媒のHSPは,HSPをベクトルとしてとらえ、混合ベクトルを考える。

例えば,シクロヘキサンとMEKの50:50の混合溶媒のHSPは

[(16.8+16)/2, (0+9)/2, (0.2+5.1)/2]=[16.4, 4.5, 2.65]

となり,この混合溶媒とクロロプレンゴムのHSP距離は,5.78となり相互作用半径7.2より短くなるので,溶解するだろうと言える。

以上のように、HSPを用いた場合には、非常に簡便に接着剤の溶媒を探索する事が可能になる。

2011.4.27

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。
溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れる。

どのような貧溶媒(青い球)の組み合わせが緑の球を貫くか確認してみてください。

混合溶媒のHSP

[dDm, dPm, dHm]=[(a*dD1+b*dD2), (a*dP1+b*dP2),(a*dH1+b*dH2)]/(a+b)

エポキシ系接着剤

日本においても接着剤の理解にSP値を利用する研究が進んだ。
沖津俊直はHildebrandのSP値を推算する原子団寄与法を開発し、エポキシ系接着剤に応用した。

EPIKOTE828とVERSAMID125から作成したエポキシ樹脂を様々な溶媒に浸し、膨潤率を測定し、下図に示す結果を得た。
そして、このエポキシ樹脂のHildebrandのSP値は10.3であると結論づけた。
(SP値が古い単位系なので2倍して考えて欲しい。)

1:Hexane, 2:c-Hexane, 3:Propylene Carbonate, 4:Triethanol amine, 5:Methanol, 6:Ethanol, 7:Dimethyl Sulfoxide, 8:Dimethyl formamide, 9:Methyl cellosolve, 10:Methyl pyrolidone, 11:Cellosolve, 12:Butyl cellosolve, 13:Methylene chloride, 14:Trichloro Ethane, 15:Toluene, 16:Xylene, 17:Buthyl acetate, 18:Ethyl acetate, 19:MEK, 20:Acetone, 21:2-propanol, 22:2-butanol, 23:1-butanol, 24:Tetrahydrofuran, 25:Anon, 26:Dioxane

単純にHildebrandのSP値と膨潤率からだけで相関を取ると、大まかには図中の曲線が見えてもくるが、非常に多くの例外(同じSP値であっても膨潤率が大きく異なる)もある事が分かる。

そこで、先に紹介した水素結合項とSP値を併用したグラフに書き直してみる。

ここでの水素結合項はHSPのdH項を用いる。
膨潤度の結果を,10%以下,10-25%,25-35%,35%以上に分けて表示すると下図が得られる。

14番:Trichloro Ethaneと23番:1-Butanolが外れるが、良く溶解するものは真ん中に集中している事が分かる。

この場合も横軸にHildebrandのSP値を使う必要はなく,totHSPで十分である。

エポキシの原料であるEPIKOTE-828のHSPは[23.1, 14.6, 5],VERSAMID-125は[24.9,3.1,18.7]で,これらを等重量混合して硬化させてエポキシ樹脂を得ている。

EPIKOTE-828は分散項dPが大きく,水素結合項が小さい。
VERSAMID-125はその逆である。
エポキシ環は反応して水酸基になる事を考慮に入れると,作成されたエポキシ樹脂の中には疎水性の領域と親水性の領域の両方が存在していると考えられる。

そのような場合に,Double-Spheresを使って解析する。

2011.4.27

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。
溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れる。



プログラムは球が2つあると仮定し,貧溶媒はどちらの球にも属さない。良溶媒はどちらかの一方(場合によっては両方の球の重なる部分)に属する。

そのような球を2つ探索する。結果は、水素結合項(dH)の大きい領域と、低い領域の2種類の球があると考えると、良好に説明できる事が判る。

SOM解析

また、SOMの技術を使って、どの領域にどんな溶媒が存在するかを解析することができる。

データをコピーしてやってみよう

こうしたミクロ相分離構造がエポキシ系接着剤の優秀な接着力に繋がっているのだろう。

この、Double SpheresはHSPiP V3.1.xから使える。

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