2024.9.04
pirika.comで化学 > 化学全般 > 化学工学 > 復刻版:ASOGによる気液平衡推算法 > 第2章 ASOG法 > 2.3 実際のASOG法計算
2.3.5 ASOG法による液液平衡の評価
1986年の書籍は、1979年の書籍とaklは同じものを使っているが様々な拡張がなされている。高圧気液平衡、液液平衡、固液平衡など様々なASOGファミリーが開発され、そのプログラムが記載されている。気相会合系のASOGも別のプログラムになっている。ファミリーによっては、低圧気液平衡のグルーブ間相互作用パラメータaklとは別のパラメータが開発されている。
液液平衡を計算するASOG-LL用のパラメータはあるにはあるが、
グループ CH2,OH,H2Oについて, 25℃におけるグループWilsonパラメーターが次のように決定されているだけだ. 温度は25℃で一定なので、パラメータは1つになる。
aCH2/H2O=0.2858 aH2O/CH2=0.000585
aCH2/OH=0.1704 aOH/CH2=0.0127
aH2O/OH=1.5865 aOH/H2O=0.581
これで計算できるのは、水とアルコール、飽和炭化水素だけになる。また、今後増える見込みもない。
ここでは、応用の1つとして、低圧気液平衡のaklを使って、オクタノール/水分配比率を考えてみる。
それを考える上で重要な、水への溶解性も一緒に考えて見よう。
薬なら薬として、ある化合物を液液抽出しようと考える。
その時の液液としては、2種類の混じらない溶媒を使う。水/ヘキサン、水/ジエチルエーテル、水/クロロホルムなどだ。
例えば、原料が水溶性で、それからできた薬が油溶性だった場合、水/ジエチルエーテルに溶かせば、未反応の原料は水相に溶けていて、薬はジエチルエーテルに溶けていく。そこで分液ロートを使えば簡単に分離することができる。
こうした液液抽出系のうち、オクタノール/水分配比率(logKow)は特殊な系になる。オクタノールも水へ溶解するし、水もオクタノールに溶解する。そこへ第3成分も分配するので複雑になる。しかし、実験値としては非常に多くの系がそろっている。その理由は、オクタノールの極性が生体に近く、薬などが生体に取り込まれる度合いが、logKowと相関が取りやすいためと言われている。非常に多くの化合物についてlogKowが測定されている。
データが多いこと、重要度が高いことがあるので、まずアルコール化合物のオクタノール/水の液液抽出を推算して見よう。
MNパラメータは1979を使う。
溶媒ペアを選択すると、1つのアルコールに対して、水と1-Octanolの2種類のペアが表示される。
まず(1)water/Ethanolを選択する。次にVLE Calc.を開くと次のような画面になる。
選ばれたペアのパラメータがAiSOG Resultに表示されている。ここでは、2番目の分子、Ethanolの水への溶解度、オクタノール/水分配比率、ヘンリー定数、分子体積のDB値が表示される。この値を控えておく。
ここでは、25℃一定温度で計算する。条件が正しければ、Calc. AiSOGボタンを押す。
計算が終了すると結果が付け加えられる。
少し大変だが、値をメモしながら全ての溶媒ペアで繰り返す。
(この先は表計算ソフトを使う。)
すると次のようなテーブルが出来上がる。
ASOG法を使い25℃一定温度で気液平衡を推算すると、Large Wilson, Small Wilson,そしてMagulesパラメータが各々1ペアづつ求まる。水に対してのものと、1-Octanolに対するものがあるので、1つのアルコールに対して12個のパラメータが決まる。例えばエタノールのlog Kowは-0.31だが、これはどのパラメータと相関があるのか、グラフを描いて検討できる。
すると、水とのSmall Wilson12パラメータと非常に高い相関があることがわかる。
4点ほど線から大きくずれる溶媒がある。これらは、環状のアルコール、不飽和結合(2重結合)を持つアルコール、ベンジルアルコールになる。MN1979ではC=C, ArCH, CyCHグループはH2Oとのグルーブ間相互作用パラメータaklが求まっていないので、このような結果になる。(ベンジルアルコールは別の要因があるので後述する。)
このような相関が見つかると、鎖状のアルコールのオクタノール/水の液液抽出平衡定数はASOGで水とのSmall Wilson12パラメータを計算するだけ得られる事になる。このグラフに当てはめれば良いだけだ。
これは考えてみると不思議なことだ。
オクタノールは何の役割も果たしていないことになる。
事実、オクタノールと他のアルコールとのSmall Wilson12 パラメータをグラフ化してみると、次のグラフのように、ほとんど相関はない。
それでは、水への溶解度はどのようになっているのだろうか? やはり、Small Wison12と非常に高い相関がある。(水への溶解度のデータはg/100g水、mg/L, mol/Lいろいろあるので注意が必要だ。多くの溶解試験では、水100gに100g溶解した段階で、自由混合として試験を打ち切ってしまうので、logS≧2では意味を持たない。)
水への溶解もSmall Wilson12が支配因子で、logKowもSmall Wilson12が支配的という事だ。実は、logKowとlogSの間には非常に高い相関があることが知られている。
水への溶解度が頭打ちになってしまうのは仕方のないことだが、これはこれで非常に不思議なことだ。水への溶解度は量の問題だ。logKowは比率の問題だ。オクタノールへの溶解度/水への溶解度が、100/100でも0.1/0.1でもlogKowは0になる。そのような、量と比率に相関があるのだ。その点についてもう少しく詳しく説明しておこう。
ざっくりした計算では、水への溶解度をSw, オクタノールへの溶解度をSoとすると、両者の関係は先ほどのグラフの関係から次のようになる。
log(So/Sw)=logKow=-logSw+2
logSo-logSw=-logSw+2
logSo=2になる。
つまり、オクタノールには、どの溶質も100g/100gオクタノール溶解する事になる。もう一度、オクタノールと溶質とのSmall Wilson12 パラメータのグラフを見てみよう。図中の左端のメタノールを除くと、Small Wilson12の値は-300から200の間に入っています。水と溶質とのSmall Wilson12と比べると非常に小さな値になる。
つまり、水に溶けなかった分は全量オクタノールに配分されているのがアルコール系だ。
では、溶質がエステル化合物ではどうなるだろうか? アルコールの時と同じように、水とのSmall Wilson12とlogKowは非常に高い相関がある。ただし、アルコール類より、Small Wilson12は大きくなる。(溶けにくくなる。)
オクタノールとのSmall Wilson12は、アルコール類と比べると大きくなる。それであっても水に溶けなかった分は全量オクタノールに配分されているのはアルコール系と同じであると言える。
logKowとlogSの関係はエステル類とアルコール類で大きくは変わらない。
ここでわかったことは、オクタノール/水の液液抽出平衡定数は、族ごとには水とのSmall Wilson12と非常に高い相関があるということだ。各直線の傾きと切片を族に割り振ってしまえば、ASOGで計算された水とのSmall Wilson12だけから、logKowを推算することができるようになる。ただし、オクタノールへの溶解度が低くなってくるとオクタノールとのSmall Wilson12が効いてくる可能性もある。
logKowは比率の値で、logSは量の値というのは、ある意味正しく、ある意味間違っている。支配因子が、水とのSmall Wilson12なので、logKowは水への溶解度と同じく量の値になる。分配が1000/1000でも1/1でも0.001/0.001でも、logKow=log(1)=0だ。しかし、元々logKowは測定の際に溶かす溶質は非常に薄い、希薄溶液でしか測定しないので、0.001/0.001しか見ていないという事だ。
それでは、何故こうした活量係数が液液抽出平衡定数の推算に使われないのだろうか?
答えは簡単で、薬1つをとっても、基本骨格に様々なグループをつけて評価するため、様々な族が入り乱れ、水とのSmall Wilson12との相関が見えなくなるからだろう。
こうなってしまうと、ビッグ・データ解析も良し悪しだ。AIは変数として活量係数を使わなくなる。
logKowは先にも述べたように比較的ビッグデータが存在する。そして、logKowは生物濃縮性(BCF: Bio Concentration Factor)と相関がある。
このlog(BCF)もmg/Kg単位になっているので比率と勘違いしやすいが、体重1Kgあたりの値なので、量の問題だ。それが、logKowと相関が高いのは、logKowも本質的には量を示しているからだ。
logKowがわかっている全ての化合物を分子軌道計算して、分子のトポロジーを計算してAIを使った機械学習にかける。中身はブラック・ボックスだけど、何と無く正しそうな答えを見つける。そんな研究が増えて来た。化学者の出番はない。でも、通常、水やオクタノールとの相互作用を分子軌道計算するわけではない。そのような計算はまだまだ大変なことだ。
Small Wilson12
(λ12-λ11 )= (λ(water/Solute)-λ(water/water) )のうち、λ(water/Solute)は異分子間の相互作用エネルギーを示していている。
それはASOG法で計算できるので、わざわざ分子軌道計算する必要はない。それと族を示す指標をAIに学習させるという機械学習は化学者ならではの進め方になる。
生物濃縮性の指標である、logBCFを推算したいのであれば、オクタノールを生物の極性の代表として扱う事に対して疑問を持つべきだろう。
生物の油脂はグリコール・エステルが主成分だ。オクタノールの代わりにオクタン酸エチル(EPA:C7H15COOC2H5)を使ったら、オクタノールとどれだけ変わるかも、すぐに計算できる。
このように、アルコール化合物(オクタノール)に対する異分子間の相互作用エネルギーとエステル化合物(EPA)のそれは全く異なる挙動を示す。その差分だけ、logKowとlogBCFの相関はバラついてしまうという事だ。
このような情報をAIに与えられるのは、異分子間の相互作用エネルギーと向き合って来た化学者だけではないかと思う。
このような情報は、生物化学工学の研究には欠かせない情報と言えるだろう。
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