2018.9.7
情報化学+教育 > MAGICIAN 養成講座 > 講義資料 > 第4b回 複雑なポリマーのリレーショナル・データベース化
MAGICIAN(MAterials Genome/Informatics and Chemo-Informatics Associate Networks)
MAGICIANとは、材料ゲノム(Materials Genome)、材料情報学(Materials Informatics)、情報化学(Chemo-Informatics)を結びつけて(Associate)ネットワーク(Networks)を構築していかれる人財です。
前回、Filemaker Proというカード型のデータベース・ソフトウエアーの使い方を紹介しました。
ポリマー系の材料開発をする際に、横串が刺さったリレーショナルデータベース(RDB)を利用すると、様々な情報にアクセスするのが容易になることを解説しました。
今回はそうしたRDBを用いるにしても残る、ポリマー系材料の取り扱いの難しさについて解説しましょう。
例題としては、前回同様ガスバリアー性のポリマーを取り上げます。
高ガスバリアー性のポリマー
前回も解説しましたが、酸素透過性の低いポリマー材料は、ポリマー主鎖の動きが束縛されています。
水素結合で束縛されているPVA(ポリビニルアルコール)は酸素透過性が低いですが、水蒸気は非常によく透過してしまいます。
そこで、PVAが単独で用いられることは少なく、複層のラミネートフィルムとして用いられます。
このPVAはポリ酢酸ビニルを鹸化して作られます。
エチレンと酢酸ビニルを共重合して鹸化した、EVOH(エバール)は、酸素の透過も押さえたまま、耐水性も改良されます。
このEVOHも多層フィルムで用いられることが多いのですが、水酸基の量を変化させたグレードも種々開発されています。
分極の効果で主鎖が束縛されているPAN(ポリアクリロニトリル)は、ニトリル基の高い極性のため、水蒸気に対してはバリアー性が劣ります。
酸素、水蒸気共にバランスよくバリアーするPVDC(ポリビニリデンクロライド )は大きな塩素原子の立体障害でガスバリアー性を発揮します。
ポリマーの基本性能だけでなく、延伸をかけると通常は結晶化が進行しバリアー性は高くなります。
PVDCは元々融点が200℃ぐらいの結晶性のポリマーで、その分解温度が融点に近いために、押出成形が難しく、適当な溶媒がなかったことから利用が限られていました。
そこで共重合ポリマーが様々検討されました。
PANは融点が観測されずに、熱をかけると炭化されてしまいます。
こちらは極性溶媒によく溶解するので、やはり共重合組成が検討されました。
例えば、ニトリルのゴム手袋などは耐溶剤性の高い手袋として多用されています。
化学防護服の設計、手術用の手袋の設計等、共重合ポリマーの利用は広がっています。
そこで、高ガスバリアー性のポリマーの機能向上を共重合化の観点から考えてみましょう。
また、共重合ポリマーを扱う上でのデータベース構築の問題点とその解決方法も解説しましょう。
ポリマーのDB検索
ポリマーをDBから検索する時に、どのように検索しているでしょうか?
例えば、前回、酸素透過係数を検討するようにテーブルに示すポリマーを選択しました。
そのポリマーにはPcodeという、ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)研究Grがつけているコードが付与されています。
このコードはRDBで横串が刺さっているので、ポリマーの他の情報にアクセスできます。
それでは、ポリマーの名称からPcodeを得るにはどうしたらいいでしょうか?
例えば、Polystyreneを検索しようとしても、
poly(styrene)、
Polyethenylbenzene,、
Poly(1-phenylethane-1,2-diyl)、
Poly(1-phenylethylene)、
PSt,
PS,
ポリスチレン
など様々な名称が混在します。
新しい命名規則に従えば段々と統一化されていくのでしょうが、古い書籍、論文からデータを集めて構造化しようとすると、そのポリマー名称とPcodeを紐付けなくてはならなくなります。
ポリマーの名称を全て収集しPcodeとリレーショナル化すれば良いでしょう。
しかし、それを生業にしているならともかく、弱小HSP研究Grにはそこまでのことはできません。
一番最初のテーブルにはEVOH 33mol%というポリマーが記載されています。
これはエチレンと酢酸ビニルを共重合して、鹸化を行い、酢酸ビニルの部分をヒドロキシビニルに変えたものです。
エチレン・ビニルアルコール共重合体でビニルアルコール含有量が33mol%のポリマーを指します。
データベースに33mol%や44mol%のポリマーが登録されていれば良いのですが、30mol%や40mol%のものしか登録されていなければ、検索しても出てきません。
新たなポリマーとして登録しなければならなくなります。
その際には、酸素と水蒸気の透過率のデータは登録できますが、それ以外、ポリマーとしての情報(Tg点、Tm点、SP値など)は皆無のレコードとなります。これでは、目的変数(透過率)はありますが、説明変数(SP値やTg点)が無いので、MI用のデータはDBからは集まらないことになります。
HSP研究Grの検索方法
HSP研究Grでは、PcodeとポリマーのSmiles構造式を紐付ける事にしています。
Smiles(Simplified molecular input line entry system)は分子の線形表記法です。
そしてPolymer Smilesはポリマーの繰り返しユニットの端にX(RDKItを使う時には、[At]元素)を付加したものと定義してあります。
例えば、Poly[2,2-propane bis(4-(2,6-dichlorophenyl))carbonate]というポリマーがあった場合に、分子のお絵かきソフト(YMB,大学バージョン)で分子を描きます。
すると分子の絵から、Polymer Smilesを作成します。そして、このPolymer Smilesを解析して、構成する原子団の数などを特定し、ポリマーの候補を表示します。
PCode=50621 Poly[2,2-propane bis(4-(2,6-dichlorophenyl))carbonate]
PCode=51149 tetrachlorobisphenol A polycarbonate
このポリマーは、PCode=50621か51149であることが結果に現れる。
データベースを検索すると次のようになります。
50621 P150111(PolyInfo登録番号)
XOC(=O)OC(=C1)C=C(Cl)C(=C1Cl)C(C)(C)C2=C(Cl)C=C(C=C2Cl)X
51149 P150028(PolyInfo登録番号)
XOC(=O)OC(=C1Cl)C(Cl)=CC(=C1)C(C)(C)C2=CC(Cl)=C(C(=C2)Cl)X
ポリマー繰り返しユニットに含まれる原子団の数が一致したものを検索するので、この2つが検索されます。
共重合体の検索でも、同じように行うことができます。
ビニリデンクロライド とアクリル酸メチルの共重合体のPolymer Smilesは共重合中の比率に寄らず同じなので、ポリマー中にビニリデンクロライド とアクリル酸メチルを含んでいるポリマーは全てリストアップされます。
そこで、共重合体のメインコードはPolymer Smilesで定義されるコードで、共重合比の違いはサブコードで表現すれば良い事になります。
構造化データを作成する際には、繰り返しユニットに含まれる原子団の数をテーブルに入れていく事が多いようです。
そのためには、あらかじめ原子団の定義を決めなくてはな離ません。
しかし、その原子団の定義は、研究者ごとに異なっています。
ポリマー骨格をPolymer Smilesで扱うというのは、敢えて構造化データにしないという選択肢をとった事になります。
Polymer Smilesから
Smallの原子団表現に変換する,
Fedorsの原子団表現に変換する,
Van Krevelenの原子団表現に変換する,
HSPの原子団表現に変換する,
ダイナミックにデータを構造化するのが大事で、固定的な構造化は拡張性が無いので使わない方が効率化できます。
そこで、検索で大事なのは、Polymer Smilesを解析するツールの開発であることがわかります。
サブコード表現
共重合体を扱おうとすると、複数のモノマーの比率になり、原子団の数は整数では無くなります。
また、ブロック・コポリマーとランダム・コポリマーの差を表す事ができないなどの問題が生じます。
ここでは、PVDC(ポリビニリデンクロライド )の共重合ポリマー開発に絞って、MI的な手法の取り入れ方とDBの構築を見ていきましょう。
例えば、ラジカル重合ハンドブックには、PVDCをベースにしたバリア材料の組成開発に対して、次のようなグラフが記載されている。
共重合のモノマーとしては、塩化ビニル(VC)、アクリル酸メチル(MA)、メタクリル酸メチル(MMA)、アクリロニトリル(AN)が使われています。
各々のホモポリマーについては、データベースを検索すれば登録されている事がわかります。
VDC 50106 (P050004 ), VC 50024(P050002)、MA 50082 (P040002), MMA 50115 (P040048), AN 50008 (P030010)
そこで、ホモポリマーの物性値に関しては入手することは可能です。
それでは、こうしたものの共重合体のデータがどれだけ登録されているか調べてみます。
VDC-MA系 51044 (P900644)
VDC-AN系 51034 (P900572)
VDC-MMA系 51109 (P903265)
VDC-VC系 51013 (P900033)
5件しか登録されていない事がわかります。
そこで、グラフを画像解析すれば、これらのデータ点を新たにデータベースに収録する事ができます。
グラフの値を読み取るには第2回で紹介したGraphClickというソフトウエアーを用います。
フレームとスケールを設定して、実験点をデジタイズしていきます。
すると、次のようなテーブルができあがります。
ここで注意しなくてはならないのは、横軸がwt%である事です。
自分のDBでwt%とmol%どちらで扱うかは最初に決めておいた方が良いでしょう。
こうしたテーブルは、Filemaker Proを用いて容易にDB化できて、ポリマーデータベースとPCodeを横串にしてリレーショナル化する事ができます。
サブコードはPCodeの小さなもの順にハイフォンでつないだものになります。サブコードの取り方は、例えばモノマーベースであっても良いです(モノマーのHCodeを用いる)。
さらに書籍には、こうした共重合体の融点のグラフと、ガス透過率のテーブルが記載されています。
Tg点を測定したポリマーのTm点や酸素透過係数が測定されていれば良いのですが、そうで無い場合、共重合のレコード数は物性が増えるごとに増えていきます。
しかしテーブル自体はスカスカになっていきます。
例えば、VDC-MA系の共重合体では、TgやTmの値はありますが、PO2のデータはありません。
VDC-MA系では、PVDC、PMAのホモポリマーのTg点は、それぞれ-11.8℃と4.4℃ですが、共重合体のTg点はMAの量が増えるに従って40℃まで増加します。
しかしTmはMAの量が増えるに従って急に低下します。
VDC-VC系の共重合体と比べ挙動が大きく異なります。
PVDCは先にも述べたように、融点が200℃ぐらいの結晶性のポリマーで、その分解温度が融点に近いために、押出成形が難しく、適当な溶媒がなかったことから利用が限られていました。
可塑剤(低分子のPVDC)なども検討されましたが、可塑剤を入れるとガスバリアー性は急激に低下します。
1939年に米国ダウ・ケミカル社によって塩化ビニル(VC)のとの共重合体が開発され実用化しました。
しかし、図にも示すようにVCの量を増やしても融点の低下効果は大きくありません。
VCを10%加えても、4℃ぐらいしか低下しません。
それに対して、アクリル酸メチル(MA)を10%導入すると25℃融点が低下します。
この違いが理解できないと、新しい共重合組成を設計することは困難でしょう。
そこで、第3回で紹介した重合シミュレータ、POSEIDONを使って、モノマーの並び方、シーケンスを解析してみましょう。
VDC(A)を80mol%, 他のモノマーを20mol%で重合した時のポリマーのイメージを見てみます。
VDC(A)-VC(B)
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAABAA
AAABAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAABAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
VDC(A)-MA(B)
ABABAAAAABAAAABBABAAABAAABABABBBABAAAAAB
BBAABAAAABBAAAAABBAAAAABAAABABBAAAAAAABA
AAAAAABBAAAAAABBBAAAAAAAABAAAAAAABBAABAA
AAAAABAAAAAAAAABAAAAAAAAAAA
VDC(A)-AN(B)
AAABAAABABAAAAAAAAAABAAAAAAAABABAAAAAAABBB
AAABAAAAABAAAAAAAAABAAAABABAAAABAAABAABAAB
AAAAAAAAAAAAAAABAAABAAAAAABAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAABAAAABAAAAAAAAA
VDC(A)-MMA(B)
ABABAAAAABBBAAABBABABAAAAAABAABAABBAAAAB
BBBBABBBAAAAABAAABABBAABBBBAAAAABBBBBBAB
BAABAAAAAAABBBAABABBAABBBABAAAAAAABBBBBA
ABBBBBABAABBABBAABAAAAAAABA
VDC(A)-VC(B)の系では、VCは共重合しづらく、ほとんどVDCのホモポリマーとなり、所々、VCが導入されます。
逆に、VDC(A)-MMA(B)の系では、MMAが非常に多く導入され、またMMA-MMAの連鎖も非常に多くなります。
MAとANでは、ほぼ同様のシーケンスになります。
VDCのmol%を変化させながら、ポリマー中に導入されるVDCのmol%をプロットすると下図のようになります。
VDC-VC系では、VCがポリマー中に導入されづらく、VDC(60mol%)-VC(40mol%)であっても、ポリマー中にはVCは10%しか導入されません。
つまり、VDC-VC系はVDCのブロック性が非常に高いポリマーとなります。
VDC-VC系でVCの量が増えても融点が下がらないのは、VDCのブロック性が高いためと考えられます。
VDC-MMA系ではVDC,MMA両方の連鎖が多いブロックコポリマーとなります。
MA,AN系では、フィードしたモノマー量とポリマー中に導入された量がほぼ比例するので、ランダムコポリマーになっていると考えられます。
AlfreyとGurneeが1967年に指摘した、TgとTmの関係図があります。
ここでも、ブロックコポリマーはTmが高くなり、ランダムコポリマーはTmが低くなる事が示されており、重合シミュレーションの妥当性が裏付けられています。
VDC -VC系では、VDCのブロック性が高いので、高いガスバリアー性は保たれていますが、融点の低下は期待できません。
それに対して、VDC-AN系では、ランダム性が高くなり融点が低下するので加工性は高まりますが、ANの導入量を増やすとガスバリアー性は低くなります。
VDC/VC=90/10の時と、VDC/AN=80/20の時とで、酸素の透過度は同じ0.14です。
それから考えて、VDC-MA系では、MAの量は3-15%ぐらいに抑えられたものが実用化されているのは合理的でしょう。
VDC-AN系はガスバリアー性のデータはありますが、融点のデータがありません。
VDC-MA系は融点のデータはありますが、ガスバリアー性のデータがありません。
そうした中で、組成開発していく際には、重合シミュレーションなどと、過去の知見を組み合わせて行くのが早道です。
それでは、VDC-MA系でTg点が上に凸になるのはどのように考えたら良いでしょうか? 通常のポリマーにはTgとTmには、Tg=2/3*Tmの関係(Boyer 1963)が知られています。
ただし、対称性の高いポリマーは、Tg=0.5*Tmになります。
VDC-MA系のコポリマーは、Tg点が高くなり、Tm点が低くなるという挙動を示すので、それを解析してみましょう。
ランダムコポリマーのTg点
修正Gibbs-Dimarzio式というランダムコポリマーのTg点をフィティングする式があります。
この式でTg点を計算するには、コポリマー中のダイアッド(fAA, fAB, fBB)の比率と、A, BホモポリマーのTgAA, TgBB, A-B完全交互共重合のTgABが必要になります。
Tg = fAA* TgAA + fAB* TgAB + fBB* TgBB
ダイアッドの比率は、高分解能のNMRか、重合シミュレータの計算値から求めます。
A-B完全交互共重合のTgABは求める事ができないので、実験結果からフィティングします。
VDC-MA系で実際にやってみよう。
上記データを表計算ソフトにペーストします。
グラフ化すると上図のようになります。
次にPOSEIDONを使ってダイアッドの量を計算します。
ここで必要なのは、ポリマーに導入されたVDC(例えば51.5mol%)のダイアッドの比率で、合成の時に仕込んだモノマーの比率では無い事に注意してください。
VDCのmol%を変化させながら、ポリマー中に導入されるVDCのmol%をプロットした図から、おおよその仕込み比率を決め、重合率を変化させる。そしてポリマー中の導入量が51.5mol%となったところのダイアッドを抜き出してきます。
すると、次のようなテーブルが作成されます。
修正Gibbs-Dimarzio式のTgAB以外は求まる。そして、例えばTgAB=40℃を入力すると、Tgが計算されます。
TgAB=80℃を仮定すれば、ほぼ完全にTgをフィティングできる事がわかります。
ブロック性の高い、VDC-VC系ではフィティングはあまり良くありません。
TgAB=-11.8℃はPVCのTgと同じです。
VDC-AN系ではTgAB=85℃を仮定すれば綺麗にフィティングされます。
VDC-MMA系ではTgAB=105.8℃を仮定すれば綺麗にフィティングされます。
この105.8℃はPMMAのTgと同じです。
PVDCのTg = -11.8℃
PMAの Tg = 4.4℃
PVCの Tg= 76℃
PANの Tg= 103.5℃
PMMAのTg=105.8℃
これに対して、理想的な完全交互共重合のTg点が次のように求まる。
VDC-MA Tg= 80℃
VDC-VC Tg= -11.8℃
VDC-AN Tg= 85℃
VDC-MMA Tg= 105.8℃
これは、組成比を含まないPCodeで表されるポリマーの物性値なので、こうしたものが求まったら、データベースに登録しておく事が非常に重要です。
例えば、VDC/MA=85/15で重合した場合Tgは15.9℃と予測されます。
それでは、VDC/MA/X=85/13/2とMAを2%他のモノマーに置き換えた時に、Tgはどう変化するでしょうか?
MA-VC, MA-AN, MA-MMAの完全交互共重合のTgは決定されていません。しかし、この比率の時には、ダイアッドの存在量は、1%に満たないので無視できます。
そこで
VDC/MA/VC Tg= 13℃
VDC/MA/AN Tg= 15.8℃
VDC/MA/MMA Tg= 20.2℃
と予測されます。
将来は、こうした3元系のコポリマーのTgなども、分子動力学法などから予測できるようになるかもしれません。
その将来が何時かが問題です。
あまり長く待たされるようなら、現実的な方法で、処方設計できるようにデータベースを作って行く事が大事になるでしょう。
課題
他の書籍には、エチルアクリレート(EA)、ブチルアクリレート(BA)まで含めたグラフが記載されています。
この2つのモノマーに関しては自分で同じように計算してみましょう。
Poly(ethyl acrylate) 50119 (P040003)
Tg =251K,
Poly(n-butyl acrylate) 50217 (P040006)
Tg= 219K, Tm= 320K
ethyl acrylate Q=0.41, e=0.45
n-butyl acrylate Q=0.5, e=1.06
とします。
これらのアクリレートもアクリル酸メチルと同様に上に凸になります。この事は、ビニリデンクロライド のCCl2という基とエステル基がなんらかの相互作用をしている事が示唆されます。
Ewell (1944)らは、水素結合に関して、溶媒を次の5種類に分類しました。
一つの炭素に塩素が2つつくものはClass 4に分類されます。
そしてクラス4の溶媒は、クラス3の溶媒と水素結合を生成するとあります。
一番顕著な例は、クロロホルムや四塩化炭素とアセトンの例で、気液平衡を測定すると、最高共沸を起こします。
共沸温度は、それぞれの溶媒よりも高くなります。
つまり、カルボニルの酸素とCCl2は強い水素結合を作ります。
ただし、活性水素を持っていないので、純粋な水素結合と呼べるかどうかは議論が別れています。(HSP研究Grはドナー、アクセプターで議論しています。)
このEwellの水素結合の効果を具体的に見るためにはどうしたら良いでしょうか?
Troutonの通則(1884)に従ったプロットをしてみれば、一目瞭然でしょう。
Troutonは溶媒の沸点に対して、蒸発潜熱をプロットすると非常に綺麗な相関関係があることを見出しました。
ΔHvap = 88 (J/mol・K) *Tb(K)
上図の青い直線に相当します。
この関係を満たす化合物を正則溶液と呼びます。
それに対して、アルコールなど水素結合を作る溶媒は蒸発潜熱が高くなり、赤い線に乗ります。
普通の炭化水素の一部が塩素に置き換わった化合物は正則溶液のラインに乗ります。
ところが、分子中に塩素とカルボニルを持つ化合物は正則溶液から外れてアルコールに近い挙動を示します。
塩素を含むカルボキシル基などは水素結合+塩素/カルボニルの効果で複雑ですが、塩素を含むエステルやエーテルの中でも3員環を持つエポキシなのでは顕著に外れてきます。
ポリマーの場合には、こうした相互作用が繰り返し働くので主鎖が動きにくくなる効果としては非常に大きくなります。
蒸発潜熱を体積で割った値にルートを取ったものがSP値なので、ガスバリアー性とSP値とに相関があるのは納得できるでしょう。
それなら、どうしてMMAでは上に凸にならないのでしょうか?
実は上に凸なのですが、PMMAのTgが非常に高いので、目立たないだけなのでしょう。
もし誰かチャレンジする気があるのでしたら、メチルビニルケトン(Q=0.69 e=0.68)との共重合を試してもらいたいものです。
毒性モノマーなので使いたくありませんが、これ自体も結晶性のポリマーを与えるし、CCl2との相互作用はエステル基よりは高いはずです。重合のシーケンスを検討して、ランダム・コポリマーかブロックコポリマーか判断して融点が低下するかどうか予測してみましょう。
Poly(vinyl methyl ketone) 50034、P030006
こういう示唆を与えてくれる事が、MIを使った研究の醍醐味であろう。
雑感
フィルムの複層化まで行きたかったのですが、組成設計で終わってしまいました。
材料開発を行う際に、左下から右上に向かう方向と、右上から左下に向かう方向がある事は初回にも触れました。今回は(Qe値は最悪CNDO/2計算で求めるが)右上から左下へデータベースを駆使しながら材料設計する方法を解説しました。
こうした方法を取る場合には、それほど難しいプログラムではありませんが、検索ツール、重合シミュレータなどの利用が不可欠です。
プログラミング技術を磨けば応用範囲は飛躍的に広がるでしょう。
その際には高分子だけではなく、様々な物質のデータベースが有機的に結びついて利用できるようになっていると研究は大いに進みます。
また、この分野、掘り起こされるのを待っている、非常に有用な、古い関係式が多数存在します。
AIが、そこまで遡って知識を吸収し始めたら、人間も将来何をするか考える必要が出てくるでしょう。
それは、後進国が追いついてきたら、さらに高度な素材に移っていくのと同じです。
チェスは追いつかれたけど、囲碁や将棋は後2−30年は大丈夫。
化学でも同じように思っているなら、結果も同じになるだけです。
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