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02-Jan-2013

若いということ        (45)
         ーーー(とくに新入社員のために)ーーー
  
 新入社員の皆さん。入社して三ケ月、入社の日のあの感激も大分薄らいで、社内の様子も大体見当がつき、要領も覚えて、毎日毎日の生活が軌道に乗ってきた頃だろう。
 俗に「三日、三月、三年」というけれど、さてこゝらあたりが最初の節目。入社してから今までのことを振り返り、これからのことをもう一度考え直してみる必要があるのではなかろうか。

 「新入社員に望む」ことは、勤労部長が四月号に貴重な提言を判りやすくまとめておられたので、いま一度読み返して頂きたい。
 ここでは、すべての新入社員に共通する ”若い”ということについて、思うことのカケラ、片々をお届けしよう。

 「近頃の若い者は、、才智に任せて,軽俳の風を喜び、古人の質実剛健なる流儀をないがしろにするのは、嘆かわしいことだ」。ーーー今から四千年前のエジプトの遺跡を発掘したときに出てきた石に記された手記の一節を、イギリスの言語学者セイヌという人が苦労して訳してみたら、こういう意味のことが書いてあったそうだ。

 「近頃の若い者はーーー」という言葉。これがどうも気に食わん、ということをよく聞くが、これが四千年も昔から、綿々と言われ続けてきたということになると、これはまた諦めもつこうというものではないか。

 「若い」と言う字は「苦しい」という字に似ている。若いということは、未熟であるということ、それだけで確かに苦しむ要素を秘めたものであるに違いない。
 しかし、”熟す前に木から離れた果実からは芽が出ない”という。一代限りの人生で立派な実をならせるために、若い時代に苦しむということは、これは自然な事なのかもしれないのである。
 若者は若いが故に多くの未知数を含んでいる。そして長い人間の歴史の中でも、これらの新しい息吹が果した役割は大きなものであったに違いない。

 野生サルの餌つけに成功し、それらのサルの集団行動の研究をした動物学者の話によると、最初に海に入って遊ぶことを敢行したのは、生まれて二~三ケ月の若いサルだったそうだし、拾ったイモを海水で洗って食べる実験をしたのも、やはり若い猿だったそうだ。たかがそれくらいのことというなかれ,最初に、初めて何かをやるということは大変なことなのである。

 「経験的に物事を考える習慣がついてしまっている古い人には思いもつかない、斬新なことを思いつくのは、やはり ”若い”ということだ」ということを言いたかったのだが、オサルの例ばかりでもナンだから、今ひとつの話をご紹介しよう。

 子供が「ピンポンも夜やれるのだから、野球も夜やれないかなあ」と言い出した。「バカなことをいうな、野球とピンポンとじゃやる場所の広さが違うじゃないか」と大人が言ったら、「それならウンと電気をつければいいじゃないか」。———その話を運道具屋のオヤジが聞いてハッと気がついた。子供は金のことなんか考えないから、ただ、うんと電気をつけろ、という。大人はお金のことが潜在的に頭にあって、そこのところに思いが至らない。
 という話が、枡田幸三さんの「勝負」という本に紹介されている。

 メキシコオリンピックの高飛びで優勝した米国のフォズベリーが、背面跳びを考え出したのは十五歳の時だったという。それまで、誰も疑わなかった前向きに跳ぶことに疑問を持ったフォズベリーの背面跳びは、やはり経験に毒されない若い柔軟な頭の中から生まれたものであろう。

 人生は結局はトライ&エラーの繰り返しである。未熟なこと、失敗することを懼れないでとにかく前へ進もう。場合によっては足を踏み外して落ち込んでみることもまた貴重な経験であろう。         
 ただ、それが、貴重になるかどうかは、這い上がるときに何を掴んでくるかにある。

  最後に一つ古賢の言葉を贈ろう。
   「出来ないというな、したくないと言え」。
(73s・48・6)