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02-Jan-2013

こうもり・(61・S・36・2)     室蘭製油所・生 野 實

        室 蘭 の 冬
             (下松の皆様へ

 当地へ転勤して、もう八ヶ月が経ちました。さしづめ室蘭製油所での試傭期間満了とでも言うところでしょうか。
 昨年九月、当地に来たときは下松の晩夏というよりはもう秋の終わり頃の感じで、下松にいる時の二ヶ月分くらいの気候の移り変わりを二日間の旅で通り抜けてしまった身には、その涼しさが気候としての実感にならず、”冷房完備の店XXにいるような感じです”と当時の手紙に書いたのでした。
 *
 その北海道に冬がやってきたのです。九州生まれの私には初めてのさすがに厳しい寒さです。大陸的とでもいうのでしょうか、内地のそれとは同じ”寒さ”でも質が全然違うように思います。思いやりと言うものが全くない、何と言うのでしょう情け容赦のない「痛い」ような寒さとでも言うのでしょうか。
 雪も子供の頃歌った「雪やこんこん あられやこんこん・・・」というような叙情的なものではなく、しんしんと音もなく積もるという形容のロマンチックなものでもありません。ここでは雪は常に風とともにやってきます。ですから「降る」というよりは「吹く」といった表現の方がぴったりするかもしれません。そしてその雪がまるでメリケン粉のようにさらさらしていて、一度地面に落ちた雪が風に吹かれて舞い上がり、吹きだまりーーーという景色は一寸内地では想像のつかないものです。傘をさして雪をよけ「二の字二の字の下駄のあと」と詠う内地のいわゆる雪とは全く趣を異にしたものなのです。

 五月になってもまだストーブのいる日があるという当地では、十一月から四月までの半年間は、その雪と激しい寒さの中に閉じ込められる生活が続くわけですが、それだけに寒さに対する設備はどこも整っています。否応なしに整えなければ生活できない寒さなのだといってしまえばまさににその通りなのでしょうが、火鉢だとかコンロなどと言う局部的な暖房では役に立たないので、部屋そのものを暖めるストーブが何処に行ってもあります。会社のアパートは二重窓で、各部屋にスチームが通っています。ですから外は向こうの景色が見えないほどの猛吹雪でも部屋の中は別世界。何かのキャッチフレーズではありませんが「暖炉燃え ビールを夏のものとせず」というわけです。夜寝る時は毛布と布団一枚を着るだけ。湯上りなどは、本当に浴衣がけでビールを一杯としゃれこみたくなります。
「天然冷蔵庫をつくりましたか?」と言われて何のことかと思ったら、窓の外のベランダにミカン箱をだしておくだけで、これが天然冷蔵庫。保存したいものを入れておくと、それこそなんでもコンコチになってしまうのです。ほんとうにうっかりすると漬物を割って食べミカンをかじるということになり、ビールを出しておいたら凍ってしまい、オカンして飲んだなんて笑い話があるほどです。

「北海道に行ったらスキーが出来ますね」。・・・転勤の時たいていの人が挨拶代わりにそういってくれましたが、本当にスキーはすぐ裏の山でも横の山でも簡単に楽しめます。スキー場もいたるところにあり、半日帰りで行けます。子供達は専らソリを楽しんでいます、そのソリの操縦のうまいこと、どういうコツがあるのか、自由自在に方向をとって滑っていきます。荷物や子供をソリに乗せて引いていくおばさんもよく見かけます。馬車も車ではなくソリを引いていきます.この馬が例外なく首に鈴をさげていてシャンシャンと雪の中を行く様は北海道特有のロマンチックなものだと思います。

 この地方では凍ることを「シバレル」といいます。最初は珍しい言葉だと思いましたが、最近では自分が無意識にシバレルという言葉を使ってしまっているほど実感のある言葉です。会社の中でも一寸した広場に水を撒いておけばそれが簡単にシバレて一夜で天然スケートリンクが出来上がります。先日洞爺湖に車で行った時ヒーターが故障して運転台のガラスが内側からシバレて拭けども拭けども次々にシバレて困りました。汽車などもスチームが通っていてもガラス一枚外は零下何度という寒気、しかもその中をすごいスピードで走るのですから、丁度白いすりガラスみたいになってしまって、ガラス越しに外の景色を見ようなどということはまず望めないことです。

 下松から室蘭に来る時、ほとんどの人がまるでクマとアイヌしかいない土地へ流されるかのような印象で送ってくれましたが、室蘭・室蘭と驚くほどのことはありません。飛行機ならば東京→千歳間は二時間半。クラブでイーチャン打つ間に北海道へきてしまう世の中です。
 そのような現代に住みながら、知らないが故に、北海道ーーー熊とすぐに結びついてしまうのが大多数でしょう。私自身、北海道、しかも室蘭の知識は皆無であったといっても良いと思います。そんな大多数の方々に比較的忠実に「室蘭の冬」を南国生まれの私が、実際の印象として伝えることが、ある意味で価値があると思いペンをとりました。
 今度は室蘭の「春」や「夏」など、折があったらお送りします。