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02-Jan-2013

正月雑感(Ⅱ)          (19)
  
 元日。ーーー朝風呂で昨年中のアカを流し、つつがなく一家そろって健康で明るく今朝を迎えられたことを祝って、先ずは一献。 。 
 明けましておめでとうございます。

 ”正月は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし ”と古人は詠った。
「一里塚」ということ、子供の頃はただ嬉しかった正月が、最近は柄にもなく正月を一つの節目として、すぎ来し方を振り返ってみるようになった。
 子供の頃読んだ一休さんの話に ”ふたへにまげてくびにかけるようなじゅず”というのがあった。さて、注文は ”二重にまげて、首にかけるような”数珠なのか 、二重にまげ、手首にかけるような“数珠なのか?、同じ文章でも、句読点の打ち方で意味が違ってくるという話である。

 正月は、人生における句読点だろう。絶え間ない時の流れに乗っかって、移り変わる春秋のなかで、やはりあらたまって立ち止まり、すぎ来し方を振り返って句読点を打ってみるのも大切なことであるに違いない。昔、支那の偉い人が「温故知新」と言ったように・・・。

 ”鹿を追う狩人 山を見ず” のたとえ。人は今自分が過ごしている「時」というものは、なかなか客観的にはみられないもの。毎日の生活は、ちょうど自転車を漕いでいるようなもので、止まると倒れるので、泣いたり笑ったりしながらペダルを踏み続けているといったところだろう。
 
 さて、お屠蘇の一杯機嫌で去年の生活にピリオドを打ちながら考えたこと・・・。

           (時  代)
 人生には,その時には判らないが、過ぎ去ってみると、何かの事柄(事件)をきっかけに判然とした「時代」というものがあるということ。(例えば、結婚、転勤、子供の誕生etc・etc).
 そして、それらの日々の生活の中では、その日その日が泣き笑いでミクロ的な生活を送らざるを得ないが、それらの生活をまとめてひとつの「時代」とした捉え方のなかで、いうなれば、マクロの中のミクロと観じた見方・考え方で生活する余裕が必要ではないか、ということ。

 あの時、あの事で身も世もなく争ったことが、いま考えてみると何のことはない、その「時代」の重さに消されてしまって跡かたもない。きっと現在の生活の中であくせくと思い悩んでいることも、過ぎ去った「時代」としてみた時は、どうってこともないのだろう。
 悠久の時の流れの中で、もう少し視野を大きくもって、ゆったりとした生活を送っていこう。
 ”せくなさわぐな天下のことは しばし美人のひざまくら”ってことよ。

          (年)
 よく考えてみたら、昔流にいえば我輩ももう間もなく四十歳。
 子供の頃、四十歳の父は怖かった。こわかったというより、全く年の数なんか関係のない断絶した絶対的な存在だった。ところが今の自分はどうなんだろう。今自分がその年齢になって自分を見てみるとどうってこともない。同年輩の同期の仲間を見回しても別にたいしたこともない。

 小学校の頃は、その時の先生が怖かった。ところが中学生になったとき、その小学校の先生を見て、なんであんな田舎おやじが怖かったのか不思議に思ったものだった。大学生になったら、その中学校の先生がまた小さく見えたものである。

 人が怖い時は、その人がカワヤにしゃがんでいる時の顔を想像しろといった人がいた。成る程そうかもしれん。何だかだいったって所詮は同じ人間じゃないか、ということだろう。
  *
 ”不惑” の正月にしては頼りない感懐ではあるが
 ”来てみれば さほどでもなし 富士の山 釈迦も孔子も かくこそあるらん”というところか。

(70・S・45・1)