合 理 化 (22)
「座敷の障子がはずされ、代わりにすだれがかゝっている。庭に打ち水をくれ、廊下には蚊やり線香がほのかに漂っている。その廊下に座布団を出して、浴衣がけの父と客が庭の石灯籠を見やりながら話をしている。傍で母が団扇をゆるく左右に振り、団扇で送るともなくかそけき風を客に送りながら黙って話を聞いている。時おり思い出したように軒の風鈴がなる・・・」。
子供の頃の夏を思い浮かべようとすると、何故かきまってそのような情景が浮かんでくる。
冬は、「誰もいない座敷の火鉢にかかった鉄瓶の蓋がちょっとずらしてあって、ぐつぐつ踊ってる白湯から、ほのかに湯気が立ちのぼっている・・・」。
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廊下の戸を開けっ放し,蚊の出入りを自由にしておいて、蚊取り線香をたいたり、一間も離れところでいくら客のほうに団扇を向けているとはいゝながら、あれでは風は届くまい。まあ、周りの空気を動かしているという気安め程度か。
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あの頃の生活様式を思い出してみると、大変に無駄があったように思える。今ならさしずめ閉め切った部屋の中にスプレーの殺虫剤をまき扇風機を回す。冬なら魔法瓶にとってきたお湯でお茶をーーーというところか。こうして生活はますます電化され合理化されていくのだろう。
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しかし、昔のあの物理的には無駄があったかもしれない生活が、ーーー庭に水を撒き,障子をすだれに取替え、せめてうちわを客のほうに向けるーーーという精神的なサービスが忘れられないのである。ふすまは足でも開けられる。しかし、そこで両手を添えて取っ手に手をかけるゆかしさ・・・。玄関の来客の応対に、せめて片ひざついて、客を見下ろさず、客より低い顔の高さで話をする控えめさ・・・。客が帰った後、いきなりガチリと玄関の鍵を閉めないで、足音が遠のいてから静かに錠をおろす心配り・・・。
近頃そのような何でもない細かい精神的な心遣いまでもが、合理化の波に押し流されて行ってしまうような淋しさを覚える。
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いくら生活が合理化されるといったって、ごはんにバターをぬるような、さしみにケチャップをかけるようなーーーそんな生活はやはりイヤだな。
ーーー も の は ーーー (Ⅱ)
思い出せないもの
昨夜のハシゴの 店の名前
つまらないもの
一発もはいらなかった パチンコ
もったいないもの
気の抜けた ビール
長いもの
待っている女の 化粧時間
すかっとしないもの
途中で止まった クシャミ
くだらないも
酔っ払いの 口論
困ったもの
隣の部屋の イビキ
わからないもの
キャバレーの 勘定書
気になるもの
穴のあいた 靴下
腹の立つもの
無愛想な ホステス
かなわないもの
からんでくる よっぱらい
うとましいもの
のびた はな毛
かっこよくないもの
オーバーを着て自家用車を運転している男
どうでもよいもの
酔っ払いの LPのど自慢
がっかりするもの
あくびした 女の顔
いやなもの
予防注射
みたたくないもの
恋人の 寝相
ひどいもの
飲み屋の 朝の勝手口
どうしようもないもの
腰を抜かした 酔っ払い
ギョっとするもの
免許証を忘れたときの おまわり
どなりたくなるもの
テレビにみとれている ウエートレス
どきどきするもの
目を閉じた 彼女の唇
わからないもの
坊主の お経
見違えるもの
お見合いの 女
涙がでてくるもの
あ・く・び
しまらないもの
ストリップに見とれている 男の顔
汚いもの
こ こ ろ
きれいなもの
こ こ ろ
(70・S・45・4)