エリート (79)
誰が考えたのか「風呂敷」というものーーー、何の変哲もない四角い布だが何と便利なものであることか。四角い重箱でも、丸いスイカでも、一升瓶でさえしっかり包むことができる。これが、トランクだとそういう訳にはいかない。
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人に接するとき、この風呂敷のように相手に応じてどんな形でも自由に対応できるような人柄になれたらなあと思う。ところが、どうも人の心というものはトランクみたいに出来ていて、自分の持っている型に相手をはめようとしがちなもので、特にこの傾向はいわゆるエリートと呼ばれ、 ”頭が切れる”といわれる人に多いような気がする。
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”味噌のミソくさきは上味噌にあらず”というけれども、このデンでいけば ”エリートのエリートくさきは本エリートにあらず”というところか。
徒然草に ”よき細工には少しにぶき刀を使う”とあるが、だとすれば、エリートではない我々は、エリートでないことを ”モッテメイスベシ”というところか。
時 間
「後方抱え込み宙返り、1/2ひねり、前方抱え込み宙返り1/2ひねり」・・・別名ムーンサルト(月面宙がえり)といってしまえば簡単だが、鉄棒で大車輪を始めて着地までの時間が三十秒だという。鉄棒から手が離れて着地の間はわずかに2秒。この2秒の中に世界の体操会をあっと言わせたウルトラC,ムーンサルトがあるのだが、この技を編み出し成功させるのに三00日かかったという。わずか2秒間の技のために・・・。
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スキー競技の中で、もっとも豪快なジャンプ競技。大空に弧を描いて如何に飛距離を伸ばすかに鎬をけずる。問題は滑走台を離れる瞬間のタイミング。蹴り、空中での板の角度。抵抗を少なくする姿勢にあるという。ところが、この練習が百二十本飛んでやっと六分の滞空時間にしかならないのだそうだ。逆算すると一回の滞空時間は三秒。
スキーをかついで頂上へ登って三秒の練習をしてまた頂上へ、また飛んで三秒間の感覚を掴んで、また頂上へーーー。
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野球のバッティング。投手の手から離れたボールが捕手のミットに収まるのに要する時間は0,3秒、1/20秒だという。川上さんは、全盛時代その球が打つ瞬間止まって見えたというが、このコンマ3秒が打者の生命。日石カルテックス野球部M君に聞いた話だが、タマを見ようなどという気持ちでは駄目、一球一球、球のシンまで見透すつもりの眼力で観なければいい打者にはなれないという。昨年甲子園で活躍した原クンは暗闇の中に線香をともして、その一点の火を見つめることによって珠のシンに集中する神経を養ったという。
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われわれは、単純に、回転した・飛んだ・打った・・・と口をあけて見ているが、それらの技の中に秒単位の時間を積み上げて青春の時間を捧げつくした選手の精進をこそ見るべきものではないかと思う。
余 裕
毎日毎日、勤めるだけに必死の生活ではなく、朝起きて朝食後にゆっくり番茶でもすゝり、庭に遊ぶ雀の様子でも眺めて、さて会社に出かけるか・・・といった余裕———。
自分の生活の中の一部として会社の勤務を考える。そんな余裕を持ちたい。
ただ気ぜわしく時間と心の遊びを持つ余裕のない自分の小ささに、ふと気がつくことがある。
幸 福
先週はいろんなことがあった。今週はまたどんな事が起こってくるか分からない。
しかし、何はともあれ,休日にこうやってあふれるほどの陽を浴びてモーツァルトを聴けるということは幸せなことではないか。
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誰かが言っていたな。
”人間は不幸はかみしめるけれど、幸せはかみしめない”。
”人間は、幸福だということを知らないから不幸なのだ”