悲しき酒 (8)
酒は百薬の長という。
本当に百薬の長、として飲む酒があるのだろうか?。酒はそんなに甘いもんじゃおまへんでー、と思うが如何?。
時には、酒を殺し、また時には己を殺して飲む酒がある。ということを知った時、初めて大人になったというべきか。
人 酒を飲み、 酒 酒を飲み、 酒 人を飲むーーーという。そして古川柳に曰く ”胸ぐらの とらへどこなき ふつかよい”
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六百年の昔。兼好法師という人、あの人も呑み助だったに違いない。
曰く「百薬の長とは言へど、よろずの病は酒よりこそおこれ」。「すずろに飲ませつれば、うるはしき人も、息災なる人も、前後を知らず倒れ伏す」。「あくる日まで頭痛く、物食わずに酔ひふし、生を隔てたるやうにして昨日のことを覚へず」。また曰く「心のどかに物語して盃いだしたる、よろずの興を添ふるわざなり」。・・・呑み助でなけりゃ、こんなこと判るわけないもんな。それにしても、呑み助というものは、昔も今も変わらんものですなあ。
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心親しい友と、のれん酒でで憂さをはらしつゝわめき唄う歌・・・これぞサラリーマンのしがない本性か、醒めてかみしめる悲哀もまたサラリーマンの本性か。
ある人は斗酒なお辞せず、またある人は一本の徳利で沈む。いずれが幸せか?。どちらもお気の毒と思うが如何?。
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清少納言流にいえば、「酒は秋」。
古人は「人肌の恋しくなる秋」、といった。そして酒の燗の妙諦もまた「人肌」という。 ”いざ盃を乾せ”と心おきなき友と、盃を傾けあいながら語り明かす夜長ーーー人生はこの夜のためにあったような気がする。
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クラブで飲む酒。 ”ビール一杯いくらだな?”ーーーソロバンが頭の中で踊っている。ホステスは ”洋服を着た財布が来た”としか思わないそうな。なあに、こちとらだって”ブラジャーつけた大根”としか思っとらん。“ホントカナ?。
クラブにプラスアルフアのメリットを期待するほうが無理、と承知で行くのが馬鹿なのさ。だからおいらは、屋台が好きーーー?。
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酔ってわめき唄う歌に軍歌が多い。。
”友を背にして 道なき道を・・・”
”どこまで続くぬかるみぞ・・・”
”ぐっとにらんだ敵空に 星がまたたく・・・”
何となく、もの哀しく心に響き、時の流れを超えて、男の心情をそゝる。
”姿の残った城よりも、くずれかかった城址の石垣にこよなき愛着を感じる”と誰かが言っていた。勝利の美酒もたしかにうまい、しかし破れた酒もまたいいじゃないか。
”人生万事塞翁が馬”よ。
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女子社員を交えての会合には、できれば彼女たちの傍らに座ることにしている。生理学上、何らかのメリットがあるかもしれないから・・・。
もっとも、芥川龍之介流にいえば 「ダガ コノ真理ハ 残念ナガラ 僕ダケノモノジャナイ」。
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今日は飲んでいるんだから、このくらいの事はよかろうーーーという気持ち、判らんでもない ”ベンセイシュクシュク 夜 表札ヲカエル”人がいる。やめようぜ、あんまり後味のいゝものじゃないぜ。
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徳利を傾ける。おや空っぽ、それじゃこれは・・・隣りの徳利を振ってみる。同席した酒聖曰く「徳利は振るものじゃない。そんなことをしちゃ酒の味が落ちる。こうやって(静かに徳利を持ち上げ)中身があるか、ないか、判らんようじゃ飲み手としては下。少なくとも盃三杯分の酒が入っていたら自信を持って傾けられるようにならんけりゃいかん。酒はそれくらい静かに、心を傾けて飲むべきものじゃ」ーーー「参りました」。
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黒板塀に見越しの松。三味の音に乗って艶やかな小唄。所詮縁なき衆生ではあるが、しみじみ味わってみたいとも思うな。
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駅の周辺で見かける ”小間物や”、同情はしないが、武士の情けはある。
”おい、大丈夫かい?”
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酔い覚めの帰り道、満点の星空であれ、雨の夜道であれ、心が空っぽになって帰りたい。そして夜空にちょっとひと言挨拶したい。
ーーー今日も一日終わったね。おやすみーーー”。