また 悲しき酒 (Ⅱ) (81)
”もうひとつ 頭が欲しい 二日酔い”
「飲むのもいゝけど、そんなに酔っぱらう前に何故止めないのか」ーーー。飲まない人からよく言われるセリフである。
それほどに うまきかと
人の問いたらば何と答へむ この酒の味 (牧水)
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どうも、呑み助と言われる人の特色は、共通してテレ屋であるように思われる。人間が、人間であるが故の、何とも言えない弱さ,淋しさーーーある種の繊細な神経の持ち主に呑み助と言われる人が多いように思うがーーーこれもやはり「酒飲みの自己弁護」であろうか。
心理学的にみると、「犯罪者は人並み以上に気が弱い」ものだそうで、「だから犯罪を犯すのだ」、という論理と一脈通ずるのではないか。
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宴席で、”いや、あたしは不調法でして・・・”と、ていちょうに断ってジュースか何かでサシミをつゝいている人がいる。取り付くしまがないので、自分だけが飲んでトウゼンとなってくると、何か塀越しに我が家を覗かれているような感じになってくるのは、どういう訳か。
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酒が入ると、普段とは打って変わって急にゴウカイそうになる人がいる。”酒を飲む”、ということはそういう言動をすることがいゝことなのだーーーと思い込んでるような振る舞い。・・・ふだんおとなしい人に意外と多い。こういう人は、そのうち青い顔で、だんだんに目が据わってくる。このテアイガ大抵「酒ニ酔ッテ公衆ニ迷惑ヲカケル行為ノ防止等ニ関スル法律」という、座った目では読めないような法律にひっかかるようなことをしでかすことになる。気を付けようぜ
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どういうわけか、酒を飲んで払う金は、酒を飲んだのだから当然のことで、あまり惜しい気はしない。ところが、デパートなんかでネクタイを前にして、さて買おうか、どうしようか、となると、どうもこちらは何か財布を出すのが惜しいような気がするのは俺だけだろうか。
まあ、よかよか ”下戸の建てたる蔵はなし” っていうじゃん。
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赤提灯で飲んでいると、そのうち隣で飲んでいる人が仲間みたいに思えてくる。
貧乏学生の頃、新宿の屋台で飲んでいて、隣でショーチューを飲んでいた大工さんと意気投合。 ”誰がなんと言ったって、カンナをかけて俺ほど一気に薄くて長いカンナ屑を出せる奴はいない筈”ーーーという自慢話を聞いた感動が、今でも新鮮な記憶として残っている。まだ電気カンナなんてなかった昔の話である。
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飲むと人なつっこくなるのか、誰かの家を訪ねたくなる。あの人・この人・・・懐かしい人の顔が浮かんでくる。まあ、言ってみればお互い様。右にフラリ左にフラリの千鳥足でも、日頃嫌いな人の門を叩く者はいない。それもよし、これもよし、おおらかに行こうぜ。とは言うものゝ「客半日の閑を得れば、主半日の閑を失う」ということも忘れちゃいかんな。
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いい気持ちで来たついでに、呑み助の気に入った川柳を少々。
本当に 飲めないような 一杯目
独り者 一時間ほど 酔って覚め
やけ酒は 湯飲みを置いて 息をふき
禁酒して ひとり淋しく かしこまり
飲んで欲し やめても欲しい 酒をつぎ
般若湯 時間が経てば 俗に落ち
遺言に 不満があって 通夜に酔い
酔い覚めの 土瓶のふたは 鼻に落ち
その夜まで 飲んだ果報を 惜しまれる
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お開きに、「星の王子さま」の中から一節(サン・テクジュベリ・内藤濯訳)
「呑み助は、からのビンと、酒の一杯入ったビンをずらりと並べて、だま
りこくっています。王子様はそれを見ていいました。
”きみ、そこで何をしているの”
”酒を飲んでいるんだよ”
”何故そんなに酒を飲むの”
”忘れたいからさ”
”忘れるって、何をさ”
“恥ずかしいのを忘れるんだよ”
”恥ずかしいって、何が”
”酒を飲むのが、恥ずかしいんだよ”
ーーー大人って、とってもおかしいんだなあ、と王子様は旅を続けながら考えていました」。
(76・S・51・6)