酒・酒・酒 (97)
「酒は、日本刀を液体にしたよふなもの、あの清澄冷徹なるにほひ、芳烈無比なる味。まちがふと人も切る、己も切る」・・・というのは、吉川英治の随筆の一文。
やはりワレらの考えたり書いたりするものとは迫力が違いますなあ。
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古い新聞記事だが、こんな話が載っていた。
「ドライバーが酒酔い運転の疑いで捕まった。酔っ払いかどうかは、風船でアルコール検知を行うのだが、このドライバー、頑として風船をふくらまさない。従って証拠がとれない。ところが、このドライバーがうっかり排せつした小便を警察が採取して、これが証拠だと飲酒運転の罪で起訴した。ーーー一審は「尿は、被告の専有物であり、専有物を本人の意思に反して取得するには令状がいる。それを無断で人の尿を採取したのだから違法である。従って、その尿は証拠にならない」ということで、酔っ払い?の無罪。
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ところが、これが高裁では逆転して酔っ払いの負け・・・。判決文に曰く「自宅の便所以外で排せつした尿は、排せつした瞬間から所有権がなくなり、排せつ後の尿については専有はない」。ーーー法律って難しいものですなあ。
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仲間と一杯やって乗った電車の吊り広告。ーーー「酒は友。今夜も納税したんだな」。・・・酔眼もうろうと読み返す。 ”酒は友”・・・ウンここまでは判る。だが ”納税”とはなんだ?。広告に続いて曰く「公給領収書を貰いましょう」
税務署さんご苦労さん。
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「男が一番美しいのは、ひと仕事すんだ午後五時の顔だ、うっすらとヒゲが出かかっている。これをファイブ オクロック シャドウ(午後五時の翳)、というのは扇谷正造さんの言だが、会社の帰り、家路へ急ぎながら何となく前後したこのシャドウ仲間。 ”軽く一杯やるか?” ”晩酌コースでな”てなことで、たちまち話がまとまりそこらの赤提灯へーーー。 ”X月0日、△時からどこどこで・・・”という酒もいゝが、この思いがけず?予測しないでまとまった仲間との酒というのが、また人生を広くする。
家で夕餉の支度をして待っておられるオクサマ方よ、ヒスをおこす勿れ。偉い人も言ってます。ーーー「道草を食う馬を叱っちゃいけない、道草が馬を養う」。
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「ヘビは水を飲んでこれを毒にし、牛は水を飲んでこれをミルクにする」というが、同じ酒を飲んでも、からむ人、泣く人、眠る人・・・。
英語のスピリット(精神・魂)という言葉に、 ”酒”という意味と同時に ”元気づける” ”はげます”という意味が含まれているのをご存知か?。
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ドイツ文学者の高橋義孝さんによると、”酔いは、平時の心の抑制を解く。酔うと心にもないことを言う、というが、酔うと心にあることしか言わない”ものだそうだ。 ”平素の意識からすれば、それに出られては困る準本音というものが、酒を飲み抑制心が解けると、敷居をまたいで出てくることになる”のだという。そういえば、都々逸にも ”♪酔わせて聞きたいことがある♪””♪この酒を とめちゃ嫌だよ 酔わせておくれ まさか素面じゃ いわれない♪”・・・てのがあったなあ。
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”神代にもだます工面は酒がいり”という古川柳がある。ヤマタノオロチの故事だが、その道の専門家に言わせると、人をオトすのには、「飲ませる。食わせる。威張らせる。握らせる。抱かせる。」の ”五せる”を使うのだと言う。まあ、四・五はともかく、一~三の手口は知っていて心したほうがいゝと思うが如何?。
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学生の頃、戦後のどさくさで、まだまともな酒はなかった。あやしげな焼酎を一升瓶からコップについでくれるのだが、その時コップからあふれた焼酎が受け皿にたまる。その量がどこの店が多いと、自分の見つけた店を自慢しあったものだった。その焼酎を梅割で飲むのだが、最初から梅割りにすると正味で損をする。コップに盛り上がった焼酎に彼女にくちづけするように、目をつぶって口のほうを運んでひと口飲み、それからやおら ”やっぱり梅割りにしよう”・・・と空いた部分に梅を入れてもらう。あの時のトクをしたような気分ーーー。
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ときをおき 老木のしずく おつるごと
静けき酒は 朝にこそあれ
というのは、ご存知酒仙・牧水の句だが、同じ ”しずく”ながら、次の句は如何?。守屋仙南という狂歌師の辞世の句だという。
われ死なば 酒屋の樽の 下に埋めよ
もしや しずくの もりやせんなん
酒・酒・酒 ・・・嗚 呼
(77・S・52・10)