悲 し き 酒
焼酎ブームだという。
ある友人が三十年前結婚する時、新婦のお母さんが、”彼はお酒がお好きらしいけど、焼酎を飲ませるような家庭にだけはしないように・・・”と花嫁に言ったという。それから間もなくそのお母さんが亡くなり ”今ではそれが遺言になってしまった、俺は一生焼酎は飲めないんだ”と笑っていた。
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ことほど左様に、昔の人にとって焼酎は、”車夫・馬丁・人夫”が飲むものという評価だった。ところがどうだ、この焼酎の売れ行きが前年同期比四十八%増(S59・4~8)というのだから大変。呑み助の人口がそんなに急に増えるわけはないから、当然その分は他の酒類の売れ行きが減ることになる。国税庁の調べによると、ウイスキー▲二十六%、清酒▲十三%、ビール▲十一%だったという。
ウイスキーの大手S社の幹部が ”オールドこけたら、皆こけた”と自嘲気味にいっていたが、成るほど最近S社のオールドの評判は落ちていた。
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ウイスキーでS社のオールドといえば、ワレラの若い頃はまさに高嶺の花。贈答用に買って ”今に見ていろボクだって・・・”と箱を撫でたりしたものだった。当時は角瓶も高級で,ホワイトなら上等・・・”トリスを飲んでハワイに行こう”と夢見た時代である。それにしても昔の人は飲むにしても自分の収入に応じて身のホドを知っていたなあ。
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先日、先輩S・W氏のぼやき。
「正月に若い連中が遊びに来た。お屠蘇気分で大分酩酊してきたところで、自分の方も気が大きくなって、お歳暮のとっておきの封切りのオールドを出した。そしたら、その連中がコーラで割って全部飲んでしまいやがった。勿体なかったなあ」とまるで昨日のことのように,三十年前の正月の話である。
酒の恨みはオソロシカ。
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落語家が噺の中で呑み助のフリをする。ところが、このフリは呑み助の噺家よりも飲めない人の方がうまいという。観察眼がしっかりしていて、何よりも現実的でないのがいいらしい。例えば親指と人さし指で持つ盃の大きさは、本当の大きさではサマにならず、ぐっと大きく持つものだそうで、”そこんところを本当の酒飲みは、飲まなきゃ判らないってんで、飲んで自分が酔っ払ってしまったんじゃあ、客観的に酒飲みの観察なんかできませんやネ”とあの飲み助の師匠が笑っていたが、ホントにそんなもんかもしれないなあ。
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もう故人になったが、あの池島信平さんが、高血圧で医者から禁酒を命じられた時の感想ーーー”世の中がカラーテレビから白黒テレビになったみたい”。・・・判るような気がするなあ。
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人は、”その人が何を言ったか”ではなく、そのことを ”誰が言ったか”で聞いているという。
例えば「酒を飲んでいて、今から酔うぞ、という、その境い目のところが実に面白いんですなあ」・・・。と土筆ン坊が言ったんでは面白くも何ともないが、これは、あの「風立ちぬ、の横光利一が・・・」というと、これがちょっとした「いい話」になるんですなあ。
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いい気持ちで書いているうちに枚数が尽きた。おつもりに一句。
酒のみは 奴どうふに さも似たり
はじめ四角で あとはぐずぐず