お に ぎ り
太平洋戦争。アッツ・キスカ島の歴戦の勇士、敗戦後シベリア抑留ーーーというI大先輩と出張。仕事が終わって飲んだ店でつい遅くなってしまった。その店で ”もうこの時間じゃホテルの食堂は閉まっているでしょう”とおにぎりを包んでくれた。
翌日の朝は、時間を合わせて食堂で合流。朝食はバイキング式である。土筆生はいつもの和定食である。ご飯に味噌汁・卵・塩鮭・のり・・・とお盆に乗せてテーブルに着いたら、その先輩のお盆は、ご飯がなくておかずだけ・・・”はて”と思う間もなく先輩、ポケットから取り出して並べたのが何と昨晩のオニギリ・・・。「いくら食べても値段は一緒、和食・洋食なんでも温かいものを好きなだけ、というのがバイキングの魅力なのは分かっている、だけど、どうしてもこの冷たくなったお握りが捨てられない。捨てるところが無い。とにかくまずこれを食べてからでないと、他のものには手が出せない」のだという。損得を抜いて人間の心の底にしみついてしまった「何か」。こういう感じ方、すごく分かるのだけど、こんなのは何と説明したらいいんだろう。
し つ け
例えばゴルフ場ーーー食事のあと食堂を出るとき、 ”いってらっしゃいませ”とウエートレスが送ってくれるのは、大抵のところで行っているシツケだが、グリーン上でパッティングする前、必ず一人ひとりの球をマークしてきれいに拭いてくれるキャディ。洗面所でもロッカー室でも”おはようございます””お疲れ様です”と向こうから、どのお客にも気持ちよく声をかけてくるクラブのおばさん。グリーン上で客がホールアウトしたあと、ピンを立て、今来たコース(待ってた次の組)へ向かって丁寧にお辞儀をしてから次のコースへ向かうキャディーーー。
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その仕事についたとき、この職場は、こういう時には、こうするんだ、と教えられる、”しきたり・しつけ”・・・。これらのことが、先輩から後輩へ連綿とし引き継がれていって、その職場の慣習・伝統・社風となっていく。
”社風とは金太郎アメのようなものだ、どこを切っても同じ顔が出てくる”といったのは誰だったか。
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小学校の時、教室や職員室への出入りには、必ず部屋に向かってお辞儀をするように躾けられた。
学生時代の運動部では先輩・上級生の荷物は後輩・下級生が先んじて持つこと。日石に入社して最初に教えられたのは、”飲んだ翌日は休むな、這うても出て来い、むしろいつもより早く出て来い””仕事が終わって帰社するとき、机の上に残っていいのは電話機だけ、他のものは一切机の上に残すな”・・・だった。
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しつけ「躾」ーーーという字は ”身を美しく”と書く,人の為ではない、お互いの生活を明るく過ごすために、自らの気持ちを整理し、納得するために行うこれらの積極的な気働きを大切にし育てていきたい。
引 退
同じ芸能人ながら、俳優は年をとってシワがふえ白髪になっても、或いは禿げてさえ、それはそれなりに渋味が出て味わいが出てくるものなのに、歌手となると中にはあわれを禁じえない人もいる。
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ラジオならまだしもテレビだと、本人が一生懸命であればあるほど、出ない声をふりしぼり、服装だけは派手だが、シワの目立つ顔で、まさに老残をさらすという感じで目を覆いたくなる。ステージというものにはそれほど魅力があるのか。かっての栄光が忘れられないのかーーー。
見る側にとって、その人と共に歩んできた時代を、昔の面影のままでそっと残してもらえないものか。
(85・S・60・6)