おかげさまで ・・・
最近はあまり見かけることがなくなったが、昔はよく、一寸引っ込んだ横丁の露地の壁のヒザくらいのところに、赤い「鳥居」の絵が葉書くらいの大きさに描いてあったものである。
この絵が、社会一般のコンセンサスを得た「立小便禁止」のさりげないマークで、横丁に人目を忍んで駆け込んでいながら、足許のこの「鳥居」の絵にふと気がついて ”あっそうだ罰が当たったら困る”・・・と、いったん前にやった手をさりげなくポケットに収め、ぐっと我慢して口笛など吹きながら戻ってきたりしたものである。
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最近気がついたことだが、この「罰が当たる」とか「もったいない」という言葉を耳にしなくなったように思う。
子供の頃はよく「もったいない」とか「そんなことしたら罰が当たるよ」といって叱られ、何となく父や母よりももっと大きい「何か」への怖れと、謝罪の気持ちを持ったことを思い出す。
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先日ある人に「お具合が悪かったとか聞きましたが、もうよろしいんですか?」と、声をかけたら「はい、おかげ様でーーー」という言葉が返ってきた。
この「おかげ様で」という言葉ーーー。「どうです、うまくいきましたかーー?」、「はい、おかげ様で」といったように、案外、日常簡単に使っている言葉だが、この言葉のもつ謙虚なおくゆかしい感謝の気持ちーーー。
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”あなたのお陰でーーー”或いはもっと大きな「何かのお陰で」ーーー要するに、自分の力だけではなく、「何か」のお陰でうまくいったという発想。その「何か」に感謝するという考え方ーーー仏教の教えの中にある考え方だそうだが、「もったいない」とか「罰が当たる」といった言葉とともに、「お蔭様で」といった考え方を次の世代へ遺していきたいと思う。
言 葉
大阪の商人は、例えば大阪の糸を使って京都で織った生地を売るのに、お客が京都の人だと「大阪の糸ですが、京都で織らせてます」と説明し、相手が大阪の人だと「京都で織らせていますが、糸は大阪のものです」と説明するのだと言う。
”言葉じり”というけれども、どちらを先に言うか、この一寸したニュアンスの違いが、人に与える印象の違いは意外と大きいものである。
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昔、日本海軍の人事考課には定評があったそうだが、当時の海軍では、その考課をする士官に、「人物評を書くときは、短所を先に書け・・・」と指導したと言う。
たとえば「粘り強いが、気が利かない」と書きたい人物が居た場合、同じ内容ながら「気が利かないが、粘り強い」と書け、そうすれば「気が利かない人物」というより「粘り強い人物」という長所が印象づけられて残っていくじゃじゃないかというのである。
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商売をするもの、人を使うもの、何によらず、あまり意識しないで使っている「言葉」というものに、もっと関心を持たねばならぬと思う。
何 故 ?
な ぜ 画家は、漫画家でもベレー帽をかぶっているんだろう?。
な ぜ 子供は、あき缶があると蹴飛ばすのだろう?。
な ぜ 巨人にだけ「軍」がつくんだろう?。
な ぜ 女は、何を見ても「カワイイ」というんだろう?。
な ぜ 大リーグの選手は いつもガムをかんでいるんだろう?。
な ぜ 投身自殺者は、履物を揃えてから 飛ぶんだろう?
な ぜ 床やは、蒸しタオルを顔に乗せてから 話しかけてくるんだ
ろう?。
(79・S・54・8)