電 車 片 々
綺麗に剃髪し、絵で見る良寛さんのような宗匠頭巾をかぶり法衣に白足袋という,一分の隙もない今どき珍しい坊さんが乗ってきた。相当なお年で枯れて悟りきったような立派な風格なのだが、残念なことに衣の袖からこれ見よがしにチラチラのぞく金側腕時計が、何ともきざで異質でそぐわない。
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坊さんであろうと、時計が必需品であることは分かるが、やはり人それぞれのいでたちには、それなりの約束事があるだろう。
折角の一幅の絵が時計ひとつでぶちこわし・・・残念だった。
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昼下がり、小学生が一人で乗っている。二~三年生くらいか?。エリート絞の生徒らしく紺色の制服に半ズボン・ハイソックスにランドセル・・・。端正な服装で、ちょこんと座っていて気持ちがいい。
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ところが、その坊やが何とランドセルの中からやおら新聞を取り出して読み始めたのである。勿論小学生なんとかという小型の新聞ではあるのだが、それだけにいくらなんでも、そこまで道具立てが揃いすぎるとやや嫌味・・・。
やはり小学生は、それなりにやんちゃで腕白風なのがいいな。
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夜遅く、まばらな客席に年の頃なら三十いくつ位の、やや小太りで色白,品のいい青年が座っている。耳には今流行のヘッドフォーン。音楽を聞いているのだろう、足がリズムを取っている。
そのうちに膝においた手で調子を取り始めたまではよかったが、何とその男がやおら立ち上がってドアの前に行き、外が暗くて鏡になったガラスの前で、TVの歌手よろしくシナを作って踊りだしたのである。
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さすがに大きな声こそ出さないが、口は歌詞に合わせて歌いながら将に無我の境・・・というより恍惚の境。全く自分の中に没しきっている。これをしもシアワセというべきか?。一人前の男が、場所柄も考えずこんなところで・・・と不思議に思う方が古いのだろうか?。
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恋人同士か、若い二人が一冊のマンガ本を頬を寄せ合って見ている。男がページをめくり、女はその速さに合わせて、遅れまいと急いで顔を左右に振りながら目で追う。途中で男がニヤリと笑うと、女も同じところを指さしつつフフフ・・・と笑う。
平和な睦まじい光景ではあるが、そのマンガに対する二人のあまりに真剣な対応に一寸疑問を感じたが・・・?。
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車内の吊り広告。横長二枚分をつなげてグリーンをバックに白い服の女性の爽やかな笑顔。ーーー「JR東日本2年目の加速、やりたいことがいっぱいあります。頑張る気がいっぱいあります。2年目も、あなたの街から未来へ伸びる、JR東日本です」。
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国鉄からJRに変わって、さしてサービスが具体的によくなったとは感じないが、こういうPR面での活躍は目立ってセンスもいいし、随分お金もかかっているなと思うが、それだけに逆にチグハグではしゃぎすぎの観がして滑稽に感じるが・・?。
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だが、落語に出てくる与太郎の愚行も、頑なに続けていると、そのうち逆にまともな人から感心されたりするようになる。
ケチもガンコも初めのうちは眉をひそめられても、断固として続けていれば、今度は相手の方が参って、ホトホト感心したりすることになったりする。
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”JR”という言葉も、何となく耳に慣れてきたし、あのラーメンのどんぶりの模様みたいな・・・と思った”JRマーク”も毎日見ているうちに、最近は抵抗なくそれらしく見えるようになってきた。
何によらず、継続すると言うことは大切なことである。
(89・H・元・3)