前編で実際に計算してみようと出した宿題はやってもらえただろうか?
計算して実感した人と、計算せずに分かったような気になった人とは必ず大きな差が生じてくる。
Mol Volume | SO4Na-Agg# | Micelle-Volume | Micelle-radius | Micelle-Surface | Surface/Agg# | |
C6H13 | 120.0 | 17 | 2040.3 | 7.9 | 777.8 | 45.8 |
C7H15 | 136.7 | 22 | 3008.0 | 9.0 | 1007.5 | 45.8 |
C8H17 | 153.4 | 27 | 4141.6 | 10.0 | 1247.0 | 46.2 |
C9H19 | 169.2 | 33 | 5582.8 | 11.0 | 1521.6 | 46.1 |
C10H21 | 185.9 | 50 | 9295.6 | 13.0 | 2137.6 | 42.8 |
C11H23 | 202.6 | 45 | 9118.0 | 13.0 | 2110.3 | 46.9 |
C12H25 | 219.3 | 62 | 13595.6 | 14.8 | 2754.3 | 44.4 |
まず、疎水場の大きさが変わっても、界面活性剤の親水場1つあたり占めるミセルの表面積は平均45.4Å2とほとんど変化しないことがわかる。
親水場 | 水和面積 Å2 |
SO4Na | 45.4 |
COOK | 46.5 |
COONa | 47.3 |
SO3Na | 44.8 |
NH3Cl | 48.3 |
NM23Cl | 48.2 |
NMe3Br | 47.6 |
Pyridine-Br | 47.3 |
Pyridine-Cl | 65.9 |
Phenyl-SO3Na | 80.8 |
また、アニオン系でもカチオン系でも、疎水場の大きさが変わっても、界面活性剤の親水場1つあたり占めるミセル上の表面積はほとんど変化しないこともわかる。
ピリジンの塩酸塩と芳香属スルホン酸Na塩の二つはとても大きな水和面積を持つ。
芳香属スルホン酸Na塩は非常に少量でも良く泡立つが、生分解性性が低く環境の観点からほとんど利用されなくなった。
この性質は酸解離定数に基づいていると考えられる。
炭化水素系のカルボン酸は弱酸である。しかしパーフルオロのカルボン酸は強酸で、その塩はとても良く泡立つので消火器に使われていた。(しかしこれもPFOS問題として知られているように現在では使われていない)
同じように芳香族に付加したフェノール性OHは酸性度(O–)を持ち水和しやすい。
フェノール性OHにどのくらいの水分子が配位しているか計算してみよう。
その前提は、ODSカラムを使ったHPLCシステムでは、保持時間(RT)は次式と非常に高い相関があることだ。
tot HSP/Mol Volume
カルボン酸類のHPLCの保持時間
従って、HSPiPのY-MBを使えば,[dD, dP,dH]とMolVolumeが手に入るので、保持時間とすぐに比較することができる。
この相関を使って実際に計算してみよう。
「アトピー性皮膚炎への効果をうたう化粧品のステロイド配合に関する一斉収去検査」という日本の国立衛研報(Bull.Natl.Inst.Health Sci.,127, 54-61 (2009))がある。
このデータをエクセルにコピペして、グラフを書いてみよう。
カルボン酸の時とは異なり、大雑把には3本の線が現れる。
防腐剤として使われるパラベン類はtot HSP/Volumeの値にしては保持時間が大きすぎる。また、ステロイド類の一部は赤い線に乗る。
この違いはどこから出てくるのだろうか?
ここで、フェノールの部分に水が10個配位したとして、分子体積に18cm3*10個=180を足したものにすると、3本の線は1本になる。
これは、HPLCの分析ではごく普通に起こる。
紫外線吸収剤のHPLCでも、同じようにプロットするとフェノール性の水酸基を持つものと持たないもので2本の線が現れる。10個の水で補正すると異常では無くなる。
つまり、フェノール性の水酸基に水和する水は、ダイナミックに入れ替わっているとしても分子の大きさを常に大きく保つくらい強く束縛されているのだろう。
血流を流れる場合も同じである。
生体器官の鍵穴には水が入っている。従って、誘電率は87.74である。
そこに基質が侵入すると、水和していた水、鍵穴に入っていた水を押し出す。
そこで、鍵穴の中は誘電率4程度と非極性空間になる。
これが、生物が親水反応、疎水反応を使い分けることができる本質である。
アミド基などもある程度水和していると考えられる。
例えば次の化合物は辛味成分として知られている。全て脂肪燃焼作用がある。カプサイシンは非常に辛いが、味の素が開発したカプシエイトは辛くは無いが脂肪燃焼作用は高い。違いはアミド基とエステル基だ。Gingerolは生姜の辛味成分であるが、加熱してできるShogaolは辛味は少ない。違いはGingerolはカプサイシンのように水和する水酸基を持っている点だろう。
水和している水が外れれば、形はほとんど同じなので、脂肪燃焼レセプターには同じように反応する。しかし辛みを認識するレセプターは水和水がないと形が合わないと考えると理解しやすい。
ちなみに、シクロデキストリンを使って、カプサイシンの辛みを消すという特許がハウス食品から出ている。
カプサイシンはシクロデキストリンに包摂される際に、アミド基の水和水を外してしまうので、辛みレセプターは認識できなくなる。そして脂肪燃焼レセプターにカプサイシンを送り込む。辛いのが苦手だけど、痩せたい人向けのダイエットドリンクだとか。
ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)をやるのであれば、水和の考え方を良く見直すと面白い発見があるかもしれない。
ちなみに、筆者は酒は大好きだ。水和構造にエタノールが入るとどうなるのだろうか?
水和構造が壊れ、極性が大きく変化するとともに、水和水が減る分、分子体積も変わるかもしれない。
「界面活性剤、水和構造の推定とドラッグ・デリバリー・システム(DDS)(後編)」への2件のフィードバック