2025.1.4
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2022年10月に投稿した「有機フッ素化合物(PFOs)は活性炭に吸着するか?」というブログがある。自ら計算してもらうのが前提のブログであるが、中性なら吸着するだろうと言える。しかし、吸着した活性炭を山中に廃棄して、それが汚染源になっているとの報告もある。
日本全国の水道の調査が行われ、ものすごい範囲でPFOsの汚染が進んでいることが明らかとなった。PFOsは特に軍用の泡消火剤に使われている経緯があり、基地周辺の汚染は良く議論される。でも、基地の無いところの汚染は原因不明とか呑気なことを言っている。
フッ素をやっている会社に聞いてみれば良い。すぐに何故かを教えてくれるだろう(と思う)。例えばテフロン・コーティングのフライパンは日本全国で使われている。テフロンコーティングは、テフロンの微粒子をPFOsの類で安定化したものを焼き付ける。場合によるとPFOs類のエステル・ポリマーが使われていたりする。ゆっくりと加水分解して環境に流出する(この場合は生成物はアルコールでカルボン酸やスルホン酸ではない)。
対策としては、取り敢えず活性炭で吸着しか無い。その活性炭からPFOs類を回収することを考える。効率よく抽出して、簡単に分離濃縮できるとうれしい。
超臨界炭酸ガス(ScCO2)を使った分子システムとしては、こんなイメージか。
ScCO2にPFOsがよく溶解するなら、高圧の抽出槽でPFOsを抽出し、分離槽で圧力を下げるとCO2はガスのままで循環し、PFOsは沸点が高いので分離できるだろう。こうして高濃度化できれば、後は亜臨界水と鉄触媒でFマイナスイオンまで分解してしまえば良い。
PFOsはScCO2に溶解するか?
わたしはこれまでにも、ScCO2の溶解性の記事を書いてきた。
ScCO2への溶解現象
超臨界CO2とハンセン溶解度パラメータ
紙おむつが水を吸うように炭酸ガスを吸うポリマーを開発してみましょう(V-Tube)
抽出を考えてみよう。溶解性が基本だ。
今回は新開発の次世代HSP技術を使って解析してみる。
その前に。。。
炭酸ガスのハンセンの溶解度パラメータ(HSP)
ハンセン先生とは2008年以来、一緒に研究を行っている。写真は2009年から始まったHSPiPの開発者会議の1コマだ。
山本が手にしているのは、ハンセン先生の著書だ。
Hansen Solubility Parameters, A User’s Handbook
この著書の第10章で「Determination of Hansen Solubility Parameter Values for Carbon Dioxide」で炭酸ガスのHSPを求めている。
HSPというのは溶解度パラメータ(SP値)を3次元、分散項、分極項、水素結合項に分割したものだ。3次元ベクトルの大きさと方向を加味して溶解性を評価する。
ある物質のHSPを決める時には、HSPが既知の溶媒を使って溶解性試験を行う。この場合はHSPが既知の溶媒にどれだけ炭酸ガスが溶けたかのデータを準備する。
そして、良溶媒のScoreを1に、貧溶媒のScoreを0に設定する。どこまでを良溶媒と呼ぶかは研究者次第になる。準備ができたらHSPiPを使ってSphereの探索を行う。Classic Hansen法と私の作ったGA法で評価基準は異なる。簡単に言えば誤認識が少ないハンセンの溶解球(緑のメッシュの球)の中心の位置と最小の半径をソフトが求める。先生の著書ではCO2のHSPは[dD. dP, dH]=[15.6, 5.2, 5.8]相互作用半径4.0と決定されている。
従来のHSPの考え方では、まずPFOsのHSPを得る必要がある。そのベクトルがハンセンの溶解球の内側に入っていたら、研究者が”良溶媒”と定義たのと同じくらいPFOsは良溶媒と呼ぶことができる。定性的な言い方になる。
HSPiPのver.3.1からdHはプロトン・ドナー/アクセプターに分割して考えることも可能になった。その場合には4次元になるので、球ではなく式の内側、外側になる。
これはあくまで、25℃、1気圧の条件で、溶媒に溶解するCO2の量から決めたHSPである。
Hiroshiの拡張
2017年にHSP50周年記念講演会があった。そこで私はキーノートスピーチを2つ行った。一つはdDの分割で、もう一つは水素結合の拡張だ。
詳しいことはキーノート・スピーチとPreprintを読んでほしい。
悪いニュースは全部で33種類の距離の式があることだ。HSP距離の33式の詳細に関してはこちらを参照して欲しい。
さらに、残念なことに、どの式が現象を一番良く表しているかは、やってみないとわからない事だ。
良いニュースは、YMB24Pro4MIのツール群を使えばデータ作成からデータ解析、図表処理まで1Stopで行えることだ。
ScCO2への溶解度データ
求めたいのは室温、1気圧のでCO2のHSPではない。
圧力のかかった超臨界状態でのHSPである。
豊田中研の福嶋喜章博士は、豊田中央研究所 R&D レビュー Vol. 35 No. 1 ( 2000 3 ) で
「超臨界状態とは、「全体が均一な溶液系でありながら、分子の周囲の状況が常に変化し大きなゆらぎを実現している不均一な状態も同時に実現しているのが超臨界流体の特徴である。このようなゆらぎにより、液体と気体の長所を同時に実現出来る溶媒と言える」 といっている。
イメージにすると次のような感じか。雲のように濃い部分と薄い部分がゆらいでいる。
その雲の中に溶質が溶け込みダイナミック(ブラウン運動みたいに?)に溶解している。圧力を下げると雲が消え、溶質は簡単に分離される。こうした雲のHSPを求めたい。
東北大学多元物質科学研究所にて理論計算の結果と溶解性をQSARした結果が報告されている。熱物性 21 No3(2007) p137-142
必要なデータはこちらからダウンロードできる。このデータを解析してみる。
実際の手順
新しいSphere計算を行う(HSPのオフィシャル値を使わずSmilesの構造式から行くルート)為には最低限Smilesと溶解度のデータは必要である。それ以外の列は自分で区別できるようにしておけばよい。このデータをタイトルごと全部コピーしてYMB24Pro4MIのYMB25Pro計算ツールの入力エリアにペーストする。オプションはNew SphereB ED/EA fixを選びYMB計算実行ボタンを押す。
この程度の計算なら瞬間でNewSphereフォーマットが出力される。これをExcelにペーストする。
NewSphereデータを新距離の33式計算ツールにペーストしてSphere計算実行ボタンを押す。計算はコア5つを並列に使う。それでも5分ぐらいかかるが気長に待つ。
ダイジェストの見方
(1)式から(18)式までは、Euclidタイプの式になる。この距離は差分の2乗になる。
(SP1-SP2)2
それを全て足し合わせても、正の値なので、距離にする時にはルートを取る。
ハンセン先生が決めた、25℃,1気圧のHSPは[dD. dP, dH]=[15.6, 5.2, 5.8]であった。
超臨界のHSPは[dD, dP, dH]=[14.3, 6.8, 6.5]となった。大きくは変わらないが、dDの値が小さくなった。
(19)-(33)はBeerbowerタイプになる。これはブレンステッド酸/塩基、ルイス酸/塩基の計算方法になる。
係数*(Acid1-Acid2)*(Base1-Base2)
この式では溶質のAcid2, Base2次第で(係数の正負もある)式全体の値がマイナスになることがある。そこでBeerbowerタイプではルートを取らない。
2017年の山本の拡張に従い、33式全ての最適な係数が求まる。
大雑把に言えば、適合度が100に近いものが良い式である。しかし、一つだけが大きく外れるような時には適合度は小さくなる。また、例えば、溶解度が高い領域の精度が高い式の方が好ましいなどの判断もありうる。
結局は全ての式の結果をグラフで見てどれが一番適しているかを判断する。
各距離の式は、Excelの2行目を計算する式になっている。これをExcelの後ろの方のzy魔にならないところにペーストする。2行目を全体の溶質に広げると各距離の式での計算値が得られる。溶質名とScoreを加えた拡張テーブルを作る。
拡張テーブルを33式グラフ表示の入力エリアにペーストし、式を選択する。どの式が良いかは自分で判断する。そして何故その式を使ったときに、溶解度とHSP距離の相関が変わったのかを考える。例えば(33)式はAbrahamのAcid/BaseをBeerbowerタイプの式で使っている。超臨界炭酸ガスの溶解性で特に溶解度の大きな領域では、酸塩基を考慮したほうが溶解性を正しく評価できることを示している。
作成した式を使って予測
実績のある次のモノマーのScCO2への溶解度をHSP距離から予測してみる。
1H,1H,2H,2H-Perfluorooctyl acrylate
1H,1H,2H,2H-Tridecafluoro-n-octyl Methacrylate
これらのモノマーは、スチレン、酢ビ、メタクリル酸エステルなどを超臨界重合するときに用いられる。普通に重合すると、できたポリマーがScCO2に溶解しないので析出して重合が止まってしまう。そこでScCO2によく溶解するパーフルオロオクチル基を持つモノマーと共重合する。パーフルオロオクチル基はテフロンとも相性が良いので、焼付用のテフロン微粒子の安定剤にも使われる。
やることは簡単だ。このモノマーのSmiles構造式を準備して、NewSphereフォーマットを作るだけだ。
NewSphereフォーマットを作ればHSP距離はすぐに計算で出すことができる。
Scoreは適当に被らないようにゼロを入れておく。
実際にグラフを見て判断してみよう。
横軸が0のものが2つのモノマーを表している。
(33)式を使った時には、2つのモノマーのHSP距離は非常に短くなる(多く溶解する)と予測している。しかし、全ての式でHSP距離が一番短くなるわけではない。結果をよく見て、何故そうなったかをよく考えよう。
一番の問題点は、東北大学のデータはほとんどが芳香族化合物のことだ。もう少し多様性の高いデータで式を作ったほうが良いかもしれない。
最後にPFOsを計算してみよう
X FC(F)(C(F)(F)C(=O)O)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)F ペルフルオロオクタン酸 335-67-1 1
X FC(F)(C(F)(F)S(=O)(=O)O)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)C(F)(F)F ペルフルオロオクタンスルホン酸 1763-23-1 1
を計算してみよう。
この距離が短ければ、活性炭に吸着したPFOsは超臨界抽出で濃縮可能だ。
2分もあれば、自分の答えを出せるだろう。超簡単なので宿題にしておく。
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