2013.5.21
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連鎖移動反応
連鎖移動反応は、ポリマー末端のラジカルが、他のポリマー鎖、溶媒、モノマー、開始剤、その他の添加剤から水素(場合によると塩素)を引き抜く事によって起こる。
水素や塩素を引き抜かれた側は、ラジカルとなって重合が継続される。連鎖移動反応の前後でラジカルの数は変わらないが、ポリマーが分断されるので低分子量化する。よく使われるのが、メルカプタン系(R-SH)の化合物だが、非常にくさいので、Rとしてはドデシル基など大きなものを使う(それでもくさい)。
連鎖移動剤の性能は、連鎖移動定数Csで表され、Polymer Handbookなどには多くの実験値が記載されている。Csの値は連鎖移動速度定数 kc を成長反応速度 kp で割ったもの(Cs=kc/kp)であるので、モノマーの種類などによって値は異なるので注意しよう。
一般的には、
Cs>60 :重合禁止剤
60>Cs>1 :重合度調節剤
1 >Cs>0.01 :開始剤と同程度
0.01>Cs>0.00001 :一般の溶剤と同程度
とされている。
連鎖移動反応の速度論
ポリマーの数平均分子量、Pnは次式で表すことが出来る。
Pn=成長反応速度 kp / 全ての停止反応速度
= kp[P・][M] / ( ktm[P・][M] + kts[P・][S] + kta[P・][A] + kti[P・][I] + kt[P・]2 )
ktm, kts, kta, kti はモノマー、溶媒(Solvent)、添加剤(Additive: 連鎖移動剤)、開始剤(Initiator)への反応速度定数を示す。
式の逆数をとり、全重合反応速度 Rp=kp [P・][M] を使うと、
1/Pn = Cm + Cs[S]/[M] + Ca[A]/[M] +Ci[I]/[M] + Rp*B/[M]2
となる。 (一般的にはCsというのは連鎖移動剤への移動定数を表すが、個別に見る時にはCsは溶媒へ対する連鎖移動定数なので注意しよう。)
そこで、連鎖移動剤の量だけを変化させた実験を数点行い、できたポリマーの分子量を測定し、Caを決定する。溶媒、モノマー、開始剤に対しても同様にして決定する。多くの場合は積極的に添加する連鎖移動剤とそれ以外と取り扱う。
分子軌道法、MOPACを使って連鎖移動定数を見積もるには、遷移状態を計算する。
ChromeなどのHTML5対応のブラウザーを使っているのなら、MeOラジカルがペンタンから水素を引き抜く遷移状態が見れるだろう。
PM3 PRECISE XYZ TS UHF
transition state of MeO radical + penetane
Hydrogen extraction
H 0.844 1 0.305 1 -0.192 1
C 2.222 1 0.314 1 -0.366 1
H 2.622 1 0.435 1 0.64 1
O -0.45 1 0.204 1 0.039 1
C -1.414 1 1.105 1 -0.512 1
H -1.22 1 2.096 1 -0.156 1
H -1.347 1 1.09 1 -1.579 1
H -2.396 1 0.804 1 -0.212 1
C 2.514 1 1.506 1 -1.297 1
H 3.588 1 1.579 1 -1.475 1
H 2 1 1.363 1 -2.249 1
H 2.163 1 2.429 1 -0.833 1
C 2.538 1 -1.056 1 -0.994 1
H 2.245 1 -1.055 1 -2.045 1
H 3.609 1 -1.256 1 -0.919 1
C 1.762 1 -2.159 1 -0.251 1
H 0.689 1 -1.992 1 -0.361 1
H 2.022 1 -2.141 1 0.809 1
C 2.125 1 -3.535 1 -0.839 1
H 1.82 1 -3.579 1 -1.886 1
H 3.203 1 -3.692 1 -0.772 1
H 1.611 1 -4.32 1 -0.282 1
上記の遷移状態の構造をコピーして、メモ帳などから、”XXXX.mop”という名称で保存しMOPACで計算してみよう。計算がうまくいって、XXXX.arcというファイルができたら、そのTS構造を使って、キーワードに”PM3PRECISE XYZ UHF FORCE” とFORCE計算を指定して、XXXX-f.mopという名称で保存しさらにMOPACで計算してみよう。XXXX-f.outの中の振動解析の部分に負の振動が1つだけ現れて、その方向がラジカル付加体が出来る方向であったら遷移状態の計算は成功である。(振動方向の確認にはFrequency Viewerを使う)Y-Molを使ってラジカルの部分、溶媒、添加剤を変えて他の分子でも計算してみよう。
このように活性化エネルギーは分子軌道法で計算できるにしても、ペンタンの場合には状態の異なる水素が3種類ある。全てを計算するのは余程の事がない限りやらないだろう。
それでは、どうするかというとポリマーの成長反応の所でも紹介したように、原料と生成物のHeat of Formationの差、ΔHを用いる。
Solvent | スチレン@60 | MMA@60 | AN@60 | AM@80 | VAc@60 |
トルエン | 0.0024 | 0.0098 | 0.25 | 0.505 | 4.27 |
エチルベンゼン | 0.0127 | 0.044 | 1.51 | 11.3 | |
イソプロピルベンゼン | 0.0156 | 1.76 | 3.03 | 18.3 | |
t−ブチルベンゼン | 0.00114 | 0.082 | 0.73 | ||
シクロヘキサン | 0.00046 | 0.086 | 0.224 | 1.34 | |
ベンゼン | 0.00034 | 0.0023 | 0.105 | 0.084 | 0.6 |
クロロベンゼン | 0.00235 | 0.00425 | 0.033 | 0.097 | 3.42 |
ブロモベンゼン | 0.058 | 6.8 | |||
アセトン | 0.0095 | 0.0112 | 0.048 | 0.206 | 2.39 |
MEK | 0.28 | 0.675 | 15 | ||
n-ブタノール | 0.00114 | 0.66 | 4.16 | ||
2-ブタノール | 4.1 | 6.45 | |||
t-ブタノール | 0.0049 | 0.094 | |||
酢酸 | |||||
トリクロロ酢酸 | 1.3 | 0.229 | |||
酢酸エチル | |||||
1,2-ジクロロエタン | 0.0089 | 0.35 | 21.8 | ||
トリエチルアミン | 0.14 | 0.477 | 250 | 50.5 | 75.5 |
バグダサリヤン教授の「ラジカル重合の理論」(朝倉書店、井本稔ら訳、昭和41年)には、各モノマーを使った場合の溶媒の連載移動定数が記載されている。共役モノマー、非共役モノマーという呼び方は好きではないが、水素引き抜き能力の高い(ラジカルの反応性が高い)酢酸ビニル(VAc)の方が共役モノマー、スチレンよりも連鎖移動定数が高くなる。溶媒同士を比べてみるとヘテロ原子(酸素、窒素)を含む溶媒は連鎖移動定数が高くなる。溶媒の中には複数の状態の異なる水素(場合によっては塩素)が存在している。それではどの水素(塩素)が引き抜かれるかMOPACを使って見てみよう。
酢酸エチルの場合には状態の異なる3種類の水素が存在する。Y-Molを使って分子を組み立てMOPACを計算してみよう。キーワードには”PM3 PRECISE XYZ UHF”を指定する。
溶媒 | Ra1 | Ra2 | Ra3 | |
酢酸エチル | -99.44696 | XXXX | XXXX | XXXX |
XXXXを埋めてみよう。どのラジカルのHeat of Formation(HF)が一番小さいだろうか?(値がマイナスなので絶対値が大きいものが安定)その水素が何個あるか控えておく。
クロロベンゼンとブロモベンゼンはo-, m-, p-に水素がある。
溶媒-HF | o- | m- | p- | |
クロロベンゼン | 16.59789 | XXXX | XXXX | XXXX |
ブロモベンゼン | 30.97178 | XXXX | XXXX | XXXX |
値はどれもほとんど同じなので、水素の数は5個とカウントする。
次にトルエン、エチルベンゼン、イソプロピルベンゼン、t-ブチルベンゼンを計算してみよう。
HF-Solvent | Ra1 | Ra2 | o- | m- | p- | |
トルエン | 14.03234 | 39.55505 | 62.30421 | 61.45096 | 61.6262 | |
エチルベンゼン | 9.78761 | XXXX | XXXX | |||
イソプロピルベンゼン | 4.7746 | XXXX | XXXX | |||
t−ブチルベンゼン | 0.20225 | 34.42978 | 47.96578 | 47.66614 | 47.94071 |
トルエンにはメチルの水素が3つ、o-, m-, p-にも水素がある。
Radical1で39.6kcal/mol, o-, m-, p- で62kcal/molであるので、Radical1が生成する。しかし、o-, m-, p-の不安定なラジカルは水素の転移が起こり安定化する。安定化したラジカルは次のような構造をしているとされている。
この構造とRadical1を比較してみると、Heat of Formationも分子の構造も全く同じであることが判る。つまりトルエンの場合どの水素がとれても最終的にRadical1の形になるので水素の数は8個とカウントする。エチルベンゼン、イソプロピルベンゼンの場合も同様に全水素の数になる。t-ブチルベンゼンの場合には、t-ブチル基とベンゼン環は2重結合は作れず、差も10kcal/mollあるのでt-ブチル基のみから水素が取れる。そこで水素の数は9になる。
スチレンの連鎖移動を考える場合には、スチレンラジカル、スチレンラジカルに水素(塩素)が付加した構造をY-Molを使って組立て、ΔHを計算する。
溶媒 | logCs | dH | H |
トルエン | -2.619788758 | 5.63688 | 8 |
エチルベンゼン | -1.896196279 | -1.32625 | 10 |
イソプロピルベンゼン | -1.806875402 | -6.22959 | 12 |
t−ブチルベンゼン | -2.943095149 | 14.3417 | 9 |
シクロヘキサン | -3.337242168 | 7.04611 | 12 |
ベンゼン | -3.468521083 | 27.79368 | 6 |
クロロベンゼン | -2.628932138 | 27.79254 | 5 |
アセトン | -2.022276395 | 14.13326 | 6 |
n-ブタノール | -2.943095149 | 3.5559 | 9 |
トリクロロ酢酸 | 0.113943352 | -3.16704 | 3 |
トリエチルアミン | -0.853871964 | 0.05459 | 6 |
まとめると上のようなテーブルが出来上がる。これを重回帰計算を行う。
log Cs = XXXXΔH+XXXX水素の数+XXXX
XXXXを埋めてみよう。
このように、MOPACを使ってΔHを計算すれば、溶媒のおおよその連鎖移動定数は簡便に計算することが出来る。
それでは、連鎖移動定数のもっと大きな、いわゆる連鎖移動剤はどうだろうか? 実は上の式を使って連鎖移動剤を計算すると(クロロホルム以外)結果は全く合わない。それは、遷移状態の活性化エネルギーΔEと発熱量ΔHに相関があるのならΔHから連鎖移動定数を見積もることが出来るが、相関が無ければ見積もることができないからだ。
連鎖移動剤 | スチレン60 | MMA60 | AN60 | AM60 | Vac60 |
四塩化炭素 | 1.75 | 0.053 | 0.035 | 0.235 | |
クロロホルム | 0.0095 | 0.026 | 0.24 | 0.47 | 25.6 |
CBr4 | 420 | 155 | 80 | 515 | 79500 |
n-ブチルメルカプタン | 4200 | 385 | 2130 | 97000 |
連鎖移動剤の連鎖移動定数は上のテーブルのようになっている。ここではラジカルとしてMeO・を用いて計算を行なってみる。CBr4はMOPAC、PM3では遷移状態が求まらなかったが、それ以外の系の遷移状態を計算してみた。
HF-CT | TS | dE | dH | ||
Pentane | -34.54469 | -29.40223 | 15.6342 | -15.55336 | |
BuSH | -20.72631 | -15.76086 | 15.45719 | -21.60002 | |
BuSH | -20.72631 | -20.1089 | 11.10915 | -8.40794 | SHのH脱離 |
CHCl3 | -20.89722 | -15.65455 | 15.73441 | -21.95763 | H脱離 |
CHCl3 | -20.89722 | -15.53579 | 15.85317 | 5.01738 | Cl脱離 |
CCl4 | -25.98719 | -22.82385 | 13.65508 | 0.84698 |
例えば、ブチルメルカプタンの場合、SHの隣のCH2のHが引き抜かれる場合、活性化エネルギーΔEはペンタンとほぼ同じ事がわかる。しかし、SHのHが引き抜かれる場合、ΔEは4.3kcal/molも低下する事がわかる。生成するBuSラジカルは不安定であるのでΔHは大きくないことが判る。しかし、その不安定さが次のモノマーへの迅速な反応につながる。できたラジカルが非常に安定で反応性に乏しい場合には連鎖移動剤ではなく、重合禁止剤として働いてしまう。それでは何故、ブタノールのOHの水素が引き抜かれないかというと、ROラジカルはRSラジカルと比べ非常に不安定なので引き抜きに大きなエネルギーが必要だからだ。クロロホルムの場合は水素が脱離する場合は通常の溶媒と変わらないが、塩素が引きぬかれた場合には生成するCHCl2ラジカルは不安定なので通常の溶媒とは異なる挙動になる。四塩化炭素はΔEも低めでΔHも高めになる。このようにΔEとΔHに相関が無くなるので溶媒系とは異なった計算を行わなくてはならない。
ちなみに、連鎖移動剤(重合溶媒)にエーテル化合物を考えてはならない。ヘテロ原子の隣のCH2の水素は脱離しやすいが、テトラヒドロフラン(THF)などはコンタミした酸素が過酸化物を生成し爆発につながる。
ラジカル重合
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成長反応
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