ハンセン溶解度パラメータ(HSP)を使った離型剤の洗浄

2024.9.6改訂(2010.4.8)

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概要

高分子を射出成形したときにポリマー表面に残る離型剤だけを溶解し、ポリマーを溶解しない溶媒を探したい。
といった状況の時にハンセンの溶解度パラメータをどう使うのかを解説する。

ポリマーブレンド、相溶化剤の開発にもつながる基本的な考え方。
HSPiPのデータベースから希望のHSPをもつ溶媒を探す方法の解説。

内容

ハンセンの溶解度パラメータ(HSP)を使うと、ある物質が溶剤にどのくらい溶けやすいかの指標を得ることができる。

ここでは、HSPiPの使い方を、離型剤の洗浄を例に説明しようと思う。

プラスティックを成型する時には射出成型などが使われる。
これは金型の中に溶けたポリマーを打ち込んで金型の形のポリマーを得る技術だ。

その時にポリマーが金型にくっつかないように金型に離型剤を塗っておく。
多くの場合、シリコーン系、フッ素系の離型剤が使われる。

従って、できあがったポリマーの表面に離型剤が付着している場合がある。
非常にわずかなので通常の用途であればそのままで良いのだが、医療用に使われるプラスティックの場合残っていると困る場合がある。

シリコーン系、フッ素系の離型剤の溶媒に対する溶解度を探したのだが見つからないので、ステアリル酸を例に説明する。
(何かを洗浄したい場合にはやり方は同じなので、ターゲットを読み替えて欲しい。)

まず始めにやることは、ステアリル酸がどんな溶媒にどのくらい溶けるかを調べる。

油脂化学便覧を見ると溶解度が載っていた。(実際には、ステアリン酸を離型剤に使う場合にはZnやCaの塩が多い。必要であればそうした塩の溶解度を探すか、実測する。)

テーブル
Hcode name MW Density 30C(g/100g) 30C(g/100ml)
10 Acetonitrile
41.053
0.786
0.3
0.2358
7 Acetone
58.08
0.79
4.8
3.792
570 isopropyl alcohol
60.096
0.785
10
7.85
325 Ethanol
46.069
0.7905
3.42
2.70351
328 ethyl acetate
88.106
0.902
5.2
4.6904
102 butyl acetate
116.16
0.882
8.1
7.1442
122 carbon tetrachloride
153.823
1.584
10.7
16.9488
181 cyclohexane
84.161
0.779
10.5
8.1795
443 diisopropyl ether
102.177
0.724
10.5
7.602
306 1,4-dioxane
88.1
1.029
15.3
15.7437
156 chloroform
119.378
1.489
17.5
26.0575
637 toluene
92.141
0.867
10.45
9.06015
92 butanol
74.123
0.81
9
7.29
481 methyl ethyl ketone
72.107
0.805
8.34
6.7137
417 hexane
86.177
0.659
4.3
2.8337
52 benzene
78.114
0.879
12.4
10.8996
456 methyl alcohol
32.042
0.791
3
2.373

そして、上の表のようにまとめる。適宜、エクセルなどにコピペしておく。エタノールは95%エタノールを使っているとあるので、注意が必要だ。

便覧の溶解度はg/100gのデータだが、溶解度パラメータでは体積で評価するので、換算した値を用意しておく。

次に、各溶媒のHSPの値を探す。

HSPiPを立ち上げて、Show Master Dataset(旧版ではMaster List)のところにチェエクを入れると、1200化合物の一覧が現れる。

これらの化合物のHSP値は吟味された、オフィシャルな値が収録されている。

そこに化合物が無い場合には、10k setにチェックを入れると拡張リストが現れる。
しかし、この場合はHSP値がY-MBによる推算値などになる。(2024年現在では実測と推算とが混じっているが、どれがどちらかは公開していない。)

そして自分で作ったリストの化合物を探して行の左端をダブルクリックをすると左上の自分用のリスト・テーブルにコピーされる。
(その前に、File メニューからNewを選んで自分用のテーブルを作っておいて欲しい。)

すぐに見つからない場合は、マスターリストの上の虫眼鏡(旧版では双眼鏡)の横にあるテキストフィールドに化合物名やCAS# 分子式を入れて虫眼鏡(旧版では双眼鏡)のボタンを押す。

見つかったらダブルクリックをして自分用のテーブルに付け加える。
(虫眼鏡の隣のStopボタン(旧版ではXボタン)を押せばもとのマスターリストに戻る。)

全部用意できたら、そこにScoreを入れる。
Scoreは良く溶解するものに1、溶解しないものに0を入れる。

2024.9.22
この方法は余りにも生産性が低い。
DXによるHSP用データの生産性向上
同じことができるWebアプリも作った。

ここでは、試しに8g/100ml以上溶解するものを1、それ以下なら0を入れる。

そして、青い電卓マークを押す。

するとプログラム(Sphereプログラム)は1とラベルされている溶媒がなるべく球の内側、0とラベルされている溶媒がなるべく球の外側にくるような最も小さい球を探し出す。
この時のFit(適合度)の考え方がClassic Hansen法とGenetic Algorithm(GA)法で異なる。取り敢えず、Classic法で計算して欲しい。

いきなり球と言われてもピンとこないかもしれない。

HSPでは、溶媒の溶解度パラメーターを3つの成分に分割する。

  • dD:分散項(ファンデルワールス力に基づくエネルギー)
  • dP:分極項(ダイポールモーメントに基づくエネルギー)
  • dH:水素結合項(水素結合に基づくエネルギー)

各溶媒や溶解の対象となる物質に、この[dD, dP, dH]ベクトルが与えらる。

これを3次元のベクトルと見なすと、良く溶解するベクトルは皆近い所に集まりまって球を作っている事がわかる。
この球のことをハンセンの溶解球と呼ぶ。
溶解しにくい溶媒は球から離れた所にベクトルが向く。

実際に見てみよう。

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。
溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れる。

この緑の球の中心点がステアリン酸のHSPになる。
この場合は、[17.59, 0.24, 4.6]という計算結果になる。

そして、ある溶媒がステアリン酸を溶解するかどうか知りたければ、溶媒のHSPベクトルを求める。

そのベクトルが、この緑色の球の内側に入るようなら、その溶媒は、最初の定義(8g/100ml)程度にステアリン酸を溶かすと予測される。

大事な点は、このハンセンの溶解球(緑色の球)の半径は定義によって異なると言うことだ。
ものすごく、よく溶解する溶媒のみを良溶媒と呼ぶなら、半径はとても小さくなる。



このベクトル距離(HSP距離と呼ぶ)は

HSP距離=(4.0*(dDsolvent-dDtarget)^2 +(dPsolvent-dPtarget)^2 +(dHsolvent-dHtarget)^2 )^0.5

で計算される。
通常のベクトルと違いdDの前に4という係数がつく。

この距離が先ほど求まった球の半径(図中の計算結果でR=4.7と表示)の内側であれば良く溶かす、そうでないなら溶かさないというのがハンセン先生の理論だ。

ちなみに、ステアリン酸のHSPはオフィシャルデータベースの中に値があり、[16.3, 3.3, 5.5]になっている。

だから、この実際の溶解度から求めたHSPも十分信頼性がおけると考えらる。
(さらにオフィシャル値に近くなる、Scoreの取り方を色々調整して計算してみて欲しい。)

それでは、次にHSPiPのデータベースから [17.59, 0.24, 4.6]を良く溶かすもののを探してみよう。

メニューバーのFindMolsを選ぶと、上記のウインドウが開く。

そこに、目標値を入れて電卓マークを押すと、この場合は28化合物あることが分かる。
こうした中からコストや安全性などを考慮してステアリン酸の溶媒を探すことができる。

それでは、HSPiPのデータベースにも載っていない、溶解度データも全くない無い場合にはどうすればいいだろうか?

HSPiPには化合物のHSP値を予測するY-MBの機能が搭載されている。

DIYボタン(旧版ではδボタン)を押す。DIY(Do It Yourself)ウインドウが開く。
そこの一番左のY-MBタブで計算したい化合物のSmilesの分子構造式を入れて電卓ボタンを押すと、化合物を原子団に分解し、HSP値などを計算する。
(他にもいろいろな物性を計算するが、その説明はまた別に)

計算値は、[16.3, 3.0, 4.9]なのでオフィシャルのHSP値に非常に近い事がわかる。

ちなみに、分解された原子団の情報から、HSPiPのデータベースをサーチして、この化合物はHcode(Hansen code) 603 のStearic Acidでは無いか?と表示されている。

ものがデータベースにあるならDB値を使った方がいいので、このようになっている。

もし、データベースに無い化合物だったら、推算値を信じるのも良いのだが、溶解実験をしてみようと言う気があるのであれば、この近辺のHSPから実験をスタートして、フィードバックをかけながら探索して行くと早く答えにたどり着くことができる。

このように、

  • データベースに値がある。
  • 溶解度の実験値がある。
  • 推算値がある。

いずれにしても、ターゲットのHSPが求まれば、それを良く溶解する溶媒は簡単に探索できる。

しかし、今回の話はまだ終わらない。
目的は「ポリマーに付着した離型剤を溶解する」だった。

離型剤を溶解したいのに、そのポリマーまで溶解してしまっては元も子もない。例えばポリマーがABS樹脂だったとしよう。

Pボタンを押すと、ポリマーの一覧が現れる。
双眼鏡の横にABSといれ双眼鏡ボタンを押すと、ABSのHSPとその半径が出てくる。
例えばここでは、No.390のABSだったとしよう。
HSPは[17.6, 8.6, 6.4]で球の半径は10.9だ。
ステアリン酸のHSPは [17.59, 0.24, 4.6]だ。
ABSとステアリン酸の距離を計算してみると、

SQRT(4*(17.6-17.59)*(17.6-17.59)+(8.6-0.24)*(8.6-0.24)+(6.4-4.6)*(6.4-4.6))

となり、距離は8.6になる。

つまりステアリン酸はABS樹脂の球の内側に入ってくる。

従って、

  • ポリマーを溶解しないー>赤い球の外側、
  • ステアリン酸を溶解するー>青い球の内側

とかなり狭い範囲にしか答えは無いことが分かる。

2011.4.27

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。
溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れる。

水色の大きな球がABSの球、緑色の小さな球がステアリン酸の球です。

付着している離型剤の量は非常に少なく、洗浄溶媒の溶解力は7g/100mlもいらないと考えれば、ステアリン酸の球の半径は広がるで、候補も増えて行く。

(ただし、ステアリン酸がABS樹脂に溶けやすいなら、離型作用も無くなる事に注意する。この考え方は、ポリマーをブレンドしたときにどのぐらい混じりやすいか?相溶化剤はどんな構造がいいか?などの研究に役立っている。)

以上、簡単にHSPiPを使った離型剤の洗浄について説明した。
化合物などはご自身のものに置き換えてお読んで欲しい。
ABS樹脂を射出成型するか? とかは聞かないでほしい。あくまでも例題だ。

同じように溶解球の境界を求めたい例としては、電子線レジストポリマーなどがある。現像の際に露光した部分と露光しない部分が両方溶けてしまったら意味がなくなる。

電子線レジストポリマーのGs(100eVあたりの主鎖切断数)予測

このようなジャンクション部分のHSPを求めたいなら、Probe法が便利だ。ブログで使い方を説明した。
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