2022.10.9改訂(2012.4.26)
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HSPiPのユーザーからParacetamolの溶解性について質問を受けた。
J. Chem. Thermodynamics 51 (2012) 172–189 ギリシャのCostas Panayiotouの論文でPSP(Partial Solubility Paraneter)を使うとHSPよりもこうした医薬品の溶解性が非常に精度高く推算できるというものだ。
このPanayiotou教授の作られたHSPの推算ルーチンはHSPiPにも搭載され、YMBが出る前はHSPの推算法として標準の物であった。
(現在はYMBが標準とされている。)
Panayiotou教授らが新しく開発した溶解度パラメータはHSPよりも優れているとというのが、この論文の主張で、質問者は実のところどうなのかを聞きたいということだ。
テーブル
HCode | CAS | Name | SMILES | g/kg |
---|---|---|---|---|
696 | 7732-18-5 | Water | [H]O[H] | 17.39 |
456 | 67-56-1 | methyl alcohol Methanol | OC([H])([H])[H] | 371.61 |
325 | 64-17-5 | ethyl alcohol Ethanol | CCO | 232.75 |
368 | 107-21-1 | ethylene glycol | OCCO | 144.3 |
569 | 71-23-8 | propyl alcohol 1-Propanol | CCCO | 132.77 |
570 | 67-63-0 | isopropyl alcohol IPA 2-propanol | OC(C)C | 135.01 |
92 | 71-36-3 | butanol 1-Butanol, Butyl Alcohol | CCCCO | 93.64 |
552 | 71-41-0 | 1-pentanol | CCCCCO | 67.82 |
930 | 111-27-3 | 1-hexanol | CCCCCCO | 49.71 |
931 | 111-70-6 | 1-heptanol | CCCCCCCO | 37.43 |
542 | 111-87-5 | 1-octanol | CCCCCCCCO | 27.47 |
7 | 67-64-1 | acetone | CC(C)=O | 111.65 |
481 | 78-93-3 | methyl ethyl ketone (MEK) 2-butanone | CC(CC)=O | 69.99 |
491 | 108-10-1 | 4-methyl-2-pentanone MIBK | CC(CC(C)C)=O | 17.81 |
617 | 109-99-9 | tetrahydrofuran THF | C1CCOC1 | 155.37 |
306 | 123-91-1 | 1,4-dioxane | C1COCCO1 | 17.08 |
328 | 141-78-6 | ethyl acetate | CC(OCC)=O | 10.73 |
10 | _75-05-8 | acetonitrile | [H]C@@([H])C#N | 32.83 |
252 | 109-89-7 | diethylamine | CCNCC | 1316.9 |
297 | _68-12-2 | N,N-dimethylformamide DMF | [H]C(N(C)C)=O | 1012.02 |
303 | 67-68-5 | dimethyl sulfoxide DMSO | O=S(C)C | 1132.56 |
5 | 64-19-7 | acetic acid | CC(O)=O | 82.72 |
524 | _75-09-2 | dichloromethane methylene chloride | [H]C(Cl)(Cl)[H] | 0.32 |
156 | 67-66-3 | chloroform | ClC(Cl)(Cl)[H] | 1.54 |
論文ではParacetamolの溶解性は100g/1kg溶媒を境に良溶媒と貧溶媒を分けている。それでみると、HSPは真中のカラムにあるように、正答率は14/24しか無いと言う。
彼らの新しい方法ではそれがもっと高いとクレームしている。
これを解析してみよう。
HSPiPのバージョン3.1からハンセンの溶解球(Sphere)を探索すアルゴリズムに定量的なSphereを探索するアルゴリズムが追加されている。
SphereというのはHansen先生が導いた概念だ。
ある溶質をよく溶解する溶媒のHSPベクトルを3次元空間にプロットすると、よく溶かすものはHSPベクトルが似ていて、3次元空間(ハンセン空間)で集まってきて球(ハンセンの溶解球)を構成する。
未試験の溶媒のHSPベクトルがその溶解球の中に入ってくるなら、それも同じ程度によく溶解するだろう、という概念だ。
その”同じ程度に良く”というのの概念が球の半径を規定する。
そこで、例えば、100g/1kg溶媒を堺に、それ以下のものをScore=0, それ以上をScore=1として、Score=1の溶媒がハンセンの溶解球の内側に入り、Score=0のものが球の外側に来るような、最小半径のSphereを求める事もある。
難溶解性のポリマーであれば、1g/1kg溶媒を境にする事もある。
HSPiPに含まれる、ハンセンの溶解球を決定するアルゴリズムは、ユーザーが、どこに境を置くか、によって答えが変わる。
そうして求めた球は300g溶けていようが、1000g溶けていようが球の内側であるとしてしか判断されない。
そうすると、あるものを最低量の溶媒で溶かしたいとか、抽出の効率を上げたいという用途に対しては困ったことになる。
HSPiPを用いた定量的解析法
そこで新しいアルゴリズムが開発された。
と言っても、私、山本博志が実装しただけだが。
それは1000g溶けてたものは300g溶けたものより球の中心に近い所に配置されるような球を求めるアルゴリズムだ。
球の中心からの距離と溶解”量”に相関をもたせた定量的な球を求めるアルゴリズムだ。(HSPiPのGAオプションの中に搭載されている。)
これを使ってParacetamolの溶解性を検証してみる。結果を下の図に示す。
100g/1kg logをとるので2に相当するのはHSP距離にして10ちょっとなることが判る。
つまりHSP距離が10以上のものは貧溶媒。
それ以下のものは良溶媒と判断されるので、赤い十字の右上と左下に入ったものが間違って認識されたことになる。
それは3つなのでPanayiotouの方法と比べても同等である。
そこで定量的Sphereを使えば、Panayiotouの方法を使う必要は全くない。
さらに詳しくこの現象を見ていこう。ここで定量的な方法を使っているにもかかわらず、右端のジエチルアミンと左端のジクロロメタンは大きく外れる。
取り敢えずこの2つを計算から外してもう一度定量的Sphereを計算してみる。
すると上の図のように溶解の”量”とHSP距離にかなり綺麗な相関があることが判る。
Panayiotouらは次式のように水素結合項をドナー/アクセプターに分割してクロスタームを導入して推算精度を上げている。
HSPiPでもver. 3.1からプロトン ドナー/アクセプターは導入済みであるので、定量的なSphereでも水素のドナー/アクセプターとクロスタームを導入して検討してみよう。
水素のDonor/Acceptorを入れると、HSP距離から溶解度が定量的に判ることが上の図からわかる。
また、求まった球の中心と同じHSPを持つ溶媒は距離が0になるので、最大の溶解度はlogSが3.5ぐらいだろうとわかる。
それに対してPanayiotouらの結果を実際にプロットすると下のようになる。彼らの提案するΔσでは分類はできたと主張するが、定量性は無いことがわかる。(同じΔσで溶解度が大きく違う。)
また溶解の限界がどこにあるのかはわからない。
さらに、我々の方法で分子体積とHSP距離からQSAR式を構築すると次のような結果になる。
一番大きく外れるものはTHFである。THFは疎水的なものもよく溶かしながら、水にも100%溶けてしまうので厄介な溶媒だ。
2つの溶媒、ジエチルアミンとジクロロメタンのうち、ジエチルアミンのPanayiotouらの結果(右端の赤四角)はそんなに悪くない。それを再現できないHSPのモデルは意味のないものなのだろうか?
これはHSPの持つ、dD(分散エネルギー)、dP(分極エネルギー)、dH(水素結合エネルギー)以外のエネルギー(例えば電荷移動??)が溶解に寄与していることを意味している。
(HSPiP ver.5.4のYMB-QEQ法を用いて電荷を計算した結果)
この結果は、アセトアミノフェンはHSPの結果、HSP距離が長い=溶解しにくいはずなのに、実験的には非常によく溶解する事を意味している。
実際問題として生体内にはNH基は普遍的に存在しているだろう。そうした部分に特異的に溶解して薬理活性を示しているのではないかと考えることができる。
その溶解のエネルギーはまだ我々HSPiPteamが定量的に取り扱うすべを持っていないが、QEQ法などの技術を使って解き明かして行こうとしている。
新しいパラメータを使ってどこかに押し込めてしまうとせっかくの知見が埋もれて大事なことを見落とすことになりかねないと思うがいかがだろう?
QSARをやることの意味は、合わせ込むことではない。
合わないものが何故合わないのかを考えどんな力が働いているのか検討することに意味があるのだと思っている。定量的なSphereにプロトン ドナー/アクセプターを導入したり、クロスタームを導入する方法はHSPiPには、まだ 実装されていない。それらがどうしても必要というユーザーとこうした例題を元に細部を詰めている段階だ。YMB31Eについても同様だ。
対応するブラウザーをお使いなら、下のキャンバスで位置関係を確認してみて頂きたい。
Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。小さな球をクリックすれば溶媒が現れる。
ここで大きな球はアセトアミノフェンを示している。
溶媒が球で表されているものは溶解度が大きなもの。
立方体で表されているものは溶解度が小さなもの。色はdHdoとdHacを表している。
赤色はdHdo性が高いもの。青色はdHacが高いもの。色の強さはdHの絶対値を示している。
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