HSPiP V.5.2のポリマー機能-YPB

2019.8.28

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HSPiPのユーザーであっても、HSPiPにはポリマーの溶解度パラメータを推算する機能が無いと聞くと驚くかもしれない。

HSPiPはポリマーの溶解実験の結果から、溶解する溶媒のHSP,溶解しない溶媒のHSPからポリマーのHSPを決める。

それは、現実に手に入るポリマーは特殊なものを除いて、様々な安定剤、添加剤などが添加されているし、微量のコモノマー成分、重合度、重合方法、界面活性剤あるなし、開始剤、連鎖移動剤、精製(再沈)などの様々なプロセス条件によって物性値が大きく変化してしまう。

従って、ポリマーのデータベース、ハンドブックを見ても、物性値はある範囲でしか記載されていない。

従ってポリマーのHSP値も1つには決まらない。

先に溶解試験の実験値から決めると書いたが、それも正しくはなく、ポリマーの膨潤度測定、浸漬実験後の破断強度や破断伸度の実験値、ポリマー粘度、IGC(インバース・ガスクロ)など、様々な実験値があり、自分の用途に合わせた実験値を用いてポリマーのHSPをHSPiPで決めることになる。

それは無機物であっても同じで、様々な溶媒中の沈降速度、沈降高さなどから決定して行く。

その際に、どのような実験結果を元に、この溶媒は良溶媒、この溶媒は貧溶媒と呼ぶかを実験者が指定しなくてはならない。

フッ素ポリマーのような難溶性のポリマーは0.1g/100溶媒に溶けても良溶媒と呼ぶかもしれないし、50g溶けても貧溶媒のものもあるかもしれない。

その定義によって変わるのはSphere(ハンセンの溶解球)の半径(相互作用半径)が大きいが、球の中心であるHSPの値も実は変化する。

そこで、このポリマーのHSPは幾つになるか?は推算できない。

逆に言えば構造が全くわからないポリマーやナノ粒子であっても、HSPが既知の溶媒との”挟み撃ち法”でHSPを決定することができる。これは、分子軌道法や分子動力学法による材料設計に対して大きな優位点だ。

そこで、HSPは他の溶解度パラメータよりも実験を再現する力が高いと言うことができる。

HSPiPのツールの中で、YMBという溶媒などの低分子のHSPを推算するツールがあるのはご存知であろう。
このYMBの予測性能は非常に高く、低分子-中分子程度の分子のHSPはHSPiPのデータベースを検索して使うよりも推算値を使った方が実験をうまく再現できるという評価も頂いているくらいだ。

ポリマーのHSPは、原理的に推算できないが、古いバージョンにはポリマーのHSPを推算する機能が入っている。

その機能は、「モノマーはポリマーの良溶媒である」を根拠にしている。

YMBが正確に算出するHSPは分子中に存在する官能基の種類と数を根拠にしている。
つまり、ポリマー中の官能基を、低中分子用のYMBのパラメータを使って、補正係数を使って計算してしまおうというのが古いバージョンに搭載されたやり方だ。

溶解性試験を行う溶媒としてどれを選択したら良いかを考える上での指標には適していると言えるだろう。

しかし、塩化ビニルのポリマーは塩ビのモノマーには溶けないことは知られている。
また溶媒中と異なり、ポリマー中の官能基の相互作用は距離が短くなる分、強固であったりする。

一番困るのは分極項(dP)であろう。ダイポールモーメントや誘電率に依存する項であるが、ポリマーのダイポールモーメントとは?主鎖に入った官能基と側鎖に入った時の役割の違いは?で中々研究は進まなかった。

こうした、HSPの状況に対して、Hildebrandの1次元SP値的には、Fedors法、Van Krevelen法、Small法, Hoy法など推算式が存在する。

ポリマーの1次元SP値をは
SP=sqrt(CE/Vol)
で定義される。

CE(Cohesive Energy)をポリマーのユニット体積で割った、凝集エネルギー密度のスクエアー・ルートがポリマーのSP値になる。

それではポリマーの凝集エネルギーはどうしたら求まるであろうか? 

多分、精密な熱解析して求めている。
]
まず、この凝集エネルギー密度の文献値の収集を行った。
Polymer Hansdook,
Prediction of Polymer Properties(Bicerano),
Properties of Polymers(Van Krevelen)
Solubility Parameters & Other Cohesion Parameters
それからネットの情報、特にPolyInfoにはお世話になった。

また、ユニット体積を推算するためにポリマーの密度のデータを収集した。

YMBで溶媒のHSPを推算する式を作るときもそうであったが、その他、様々なポリマー物性値も収集した。

つまり、HSPの全体量は蒸発潜熱やCEと体積がわかれば決定できる。

しかし、それを3次元のSP値に分割するためには、溶媒系では、屈折率、ダイポールモーメント、誘電率、表面張力など様々な物性値が必要となる。

それと同じで、ポリマーのSP値を3次元に分割するのに同様に様々な物性値が必要になる。

今回のv.5.2のリリース時点では、1425種のポリマーの物性値を収集した。

それらの値は、HSPiPのポリマー物性の所に格納されているので、HSPiPユーザーは自由に利用できる。

ただし、注意していただきたいのが、先ほど述べたように、ポリマーの物性値のデータベースはある範囲でしか与えられていない。

しかし、やりたいことはポリマー構造から物性値を推算したい。

そこで教師データは1つに決める必要がある。

データベースに登録されている値は、推算式を構築するときに統計的に一番精度の高くなるデータを採用しているということだ。

つまりTg点が200,250,300とデータベースに存在している時に、250℃を採用すると、同じ官能基を用いた他のポリマーのTgも正しく推算できる。

そのようなデータであることを理解して置いていただきたい。

次に、これらのポリマーに対して、ポリマーSmilesの構造をつける。

Smilesの構造式の説明は、他に譲る

ポリマーSmilesはポリマーの繰り返しユニットの両末端にXをつけたものになる。
そのようにしておくと、例えば、エチレン、プロピレンのポリマーSmilesはXCCXとXCC(C)Xとなり、共重合体の場合はXCCX-XCC(C)XからXCCCC(C)Xと簡単に組むことができる(ただし、これは完全交互共重合体になるが)

次に、ポリマーSmilesを官能基に分割するプログラムを作成する。
これはYMBでも同じであるが、分割された原子団の数と種類をデータベースに持たせることはしない。

分割したテーブルを使って推算式を作ってみた所、あるポリマーの推算精度が低い。その時には、分割方法を変える。

固定のテーブルで持たせていると、テーブルの修正が非常に大変になる。YPBの他のアルゴリズムと大きく違う点は、
ポリマーユニットの分割を主鎖と側鎖に分ける
点である。

同じエステル基がユニットに入っていても、
それが主鎖に入っていれば、ポリエステル、
側鎖に入っていればポリアクリル酸エステル
になり、そのCOOパラメータは同じではありえないからだ。

また、同じ側鎖エステルでも、 酢酸ビニルのように酸素を主鎖に向けたものは別のエステルと認識する。

末端を示すXの数は2を想定している。
(Xが1の時は界面活性剤のようにCOONaのようにHSPでは計算できない分野に使う)

Xが3以上になると3次元ポリマーになり、ポリマーの繰り返しユニットが定義できなくなるためだ。

ところがあるユーザーから、梯子タイプのポリマー(ラダーポリマー)はXが4つになるが、2次元ポリマーとして認識されるべきだというコメントを頂いた。

試しに計算してみたところ、そのケースでは一番遠いX2つが主鎖として認識され正しい答えになっていた。

しかし、近いXが2つ選ばれる可能性があるので、次のバージョンでは修正する。

Ver.5.2では主鎖のグループは54種類、側鎖のグループは94種類定義されている。

これは、1425種のポリマーを定義するのに必要なグループであり、新たなポリマーがデータベースに追加され、それがこの148種類のグループでは表現できなくなった時には新たなグループが定義されるかもしれない。

当面はこれでスタートする。

ここまで準備できると、後は情報化学的な手法を駆使して推算式を構築するだけになる。

詳しいやり方は「MAGICIAN養成講座」でそのうち取り上げる。ここではVer. 5.2で使えるようになったYPB物性推算についてのみ紹介する。

YPBの結果は、Van Krevelen法と比較した。
Van Krevelen法は定義されている原子団の数が少なく、計算できないポリマーも非常に多い。
また、原子団的に本来等価でない原子団の組み合わせで表現すること多く、精度は非常に低くなっている。
(例えば、-CFCl-基は定義されていないので、>C<+Cl+Fなどのように)

まず、様々な計算の基礎になるユニット体積を推算する式を構築した。
その際には精度が低ければ、グループを増やすなど、分割方法のベースを作成していく。
ユニット体積はユニットあたりの分子量を密度で割った値である。

結果は下図に示すように精度高く推算できていることがわかる。

凝集エネルギーに関しては下図のようになった。

最近では多くの特許などでは、Van krevelen法のSP値ではなく、Fedors法のSP値が記載されていることが多い。

非常に困ったことではあるが、データベースやハンドブックに記載されている凝集エネルギーがFodors法の計算値であることが非常に多い。それを信じて推算式を構築すると、Fedors法のパラメータを作ったのに過ぎないことになる。

Van Krevelen法とFedors法は上図に示すように大きくは変わらない。

ポリマーの1次元SPを得たいのであれば、YPB2019で体積と凝集エネエルギーを計算して、

SP=sqrt(CE/Vol)

でSP値を得れば良い。
この値は、HSPiPの中では、ポリマーのtotHSPと表現される。

屈折率に関しては下図のようになっている。

精度的には少しYPBの方が高い。

これはVK法よりもユニット体積の計算精度が高いことに起因していると考えられる。

所々大きく値が異なるデータがある。

これらは次回のバージョンアップで修正されることになっているが、共重合体の問題である。

データベースには共重合体の物性値も収録されているが、ポリマーSmilesの表現では組成比が入っていない。
モノマー単位が同じ比率で入ったポリマーと認識されてしまうのでこのような結果となってしまう。

また比率が明らかな場合でも入り方(シーケンス)が異なると屈折率は異なってしまうのでその影響もあるかもしれない。

ガラス転移点温度(Tg)も屈折率と同じ理由で精度は出にくい。Van Krevelen法の値が随分悪い。もしかしたら式が間違っているのかもしれないので再検討する。

VK法の計算式は無いので、YPB法の結果だけを示す。

表面張力に関してはYPBの方が高い精度を示す。VK法は値が皆同じになる傾向がある。

主だった物性値の推算結果は以上のようになる。

それでは、凝集エネルギーとユニット体積からtotHSPは分かる。
totHSPとdD, dP, dHには次の関係がある。

totHSP^2 =dD^2 +dP^2 +dH^2

どのように分配したら良いだろうか? 

現在のところ詳しい分割方法まで公開できるレベルには無いが、様々な物性値の比較から、一番合理的と思える分割方法を搭載してある。

HSPiPのポリマーデータベース中で構造とHSPが決まっているものとの比較をしてみた。

このレベルで?と思われるかもしれないが、YPBの推算結果としては非常に向上した。

例えば一番大きく外れるものはポリビニルアルコール(PVA)である。
そのHSPは[[17.2,13.6,15.4]と決まっているが、現実問題としては、水以外の溶媒には溶けない。

水と混合する溶媒との混合HSPを作って溶解試験をして値を決めることになるが、決まったPVAのHSPと全く同じHSPの溶媒を持ってきても含水系でなければ溶解しない。

dP項については計算値が大きめに出る傾向がある。dH項に関しては、OHやCOOH,NH2を持つもの以外は皆小さくなる。

dPが大きめに出る理由は、本来溶媒などの小さな分子であれば、大きなダイポールモーメントとして観測される官能基が、ポリマー中では束縛されて動くことができない。

また電荷相互作用は距離が短く大きめに出てしまうのでは無いかと考えているが、もう少し検討する必要がある。

V.5.2から、RDKitを使った構造の3次元化と電荷平衡法QEqを使った部分電荷の計算ルーチンが実装された。

これは、先のdP項の割り当てにも絡むので紹介しておこう。

きっかけは、あるユーザーからの問い合わせだ。彼は、ポリビニリデンフルオライドの計算値がおかしいとクレームしてきた。

poly(-CH2-CF2-)は原子団に分割すると、CH2とCF2になる。どちらも非極性の原子団なので計算値はdPやdHは非常に小さくなる。ところがこのポリマーはどちらかというと極性溶媒に溶解する。何故だというのが彼の質問だ。

JSMEを使って分子を描く。

RDKitを使って3次元構造を得てQEqを使って電荷を計算する。

フッ素は電気陰性度が大きく、電荷は大きなマイナスになる。

その分、炭素は大きなプラスになり、隣のCH2との間には大きな分極が生じる。

これが、PVdFが極性溶媒に溶ける理由だ。

つまり、原子団に分割してしまうと消えてしまう情報を取り出して使うというのが、RDKitとQEqを実装した理由だ。

CF3COOHなど今まで物性推算で難しかった分野への応用が広がる。ただし現状ではここまでで、この情報を使っての計算はこれからの課題だ。

ドナー、アクセプター相互作用なども利用して推算結果は大きく変わっていくだろう。

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