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2012.9.6

太陽電池と化学工学

 

化学工学の中で最も重要なのは蒸留でしょう。
これは蒸気圧と温度との関係の学問です。

Antoine6

ある化合物に熱をかけると、一部が蒸発し蒸気圧が発生します。
それをプロットすると、上のようなPressure-Temperature(P-T)線図が得られます。
その蒸気圧が大気圧(760mmHg)に等しくなった点が標準沸点です。

化合物によってこのP-T線図は異なりますので、2つの化合物を分けたい時には蒸留を用います。
このP-T曲線をチャートから読み取るのでもいいのですが、多くの場合、Antoine式などを使ってFittingを行い、任意の温度での蒸気圧が計算で簡単に出せるようにしておきます。

このAntoine式へのFittingに関しては、こちらのページに詳しく纏めてあります。
P-TのデータからAntoine定数を決定するプログラムもそこにおいてあるので参照してください。

Antoine式とは以下の式の定数、A,B,Cを化合物ごとに求め、温度から圧力Pを求める式です。

log(P[mmHg])=A-B/(T[℃]+C)

この式のおおもとは、Clausius‐Clapeyron式です。

ln(Pvp)=A-B/T   B=ΔHv/RΔZv
ΔHv:蒸発潜熱,
R:気体定数,
ΔZv:圧縮係数の差(狭い範囲でBは温度によらず一定)

つまり、
Clausius‐Clapeyron式の定数Bは化合物の蒸発潜熱と相関があるはずです。
この式とAntoine式を比べてみると、Cの項が無いだけで、同じものであることが判ります。

すなわち、Antoine定数のBは蒸発潜熱と相関があるはずです。

また、Antoine Cのパラメータは分子間相互作用によって、加えた熱が蒸発に有効に使われない(蒸気圧曲線が寝てきてしまう)ことを補正するパラメータです。

水酸基を分子中に多く持つ化合物などではCの値が小さくなります。
非極性の炭化水素などでは、230近辺の値になります。

Antoine6

前ふりはこんな所で、実際に塗る色素増感太陽電池の設計について見ていきましょう。

とは言っても、ここで扱うのは、ポルフィリン骨格を有機合成した際にできたものを、原料や副生成物から蒸留分離しようという話ではありません。
(もっとも、それをやりたいなら、YMBを使えば任意の構造の化合物のAntoine定数は求まるので、可能ではありますが。)
かといって、ハンセンの溶解度パラメータを使って溶解度の推算をしようというのでもありません。

この塗る太陽電池で脚光を浴びているのが、三菱化学が開発したものです。

Antoine6

三菱化学が効率11.0%の有機薄膜太陽電池を開発

特許を調べてみましょう。

JP 2011-166062

ビシクロポルフィリン化合物及び溶媒を含有する光電変換素子半導体層形成用組成物、それを用いて得られる光電変換素子

これが一番わかり易いでしょう。何をやっているのか簡単に説明します。

色素増感太陽電池にはポルフィリン骨格(下の図の右の化合物)を持ったものを使うのですが、この構造の化合物は溶媒にはほとんど溶解しません。
そこで、下の図の左の化合物(これは溶媒に可溶)を作って、塗布して熱をかけることによってMe2C=CH2を飛ばして太陽電池を作ろうというものです。

Antoine6

カーテンや、ビルの外装、車の外装などに塗って太陽電池にできてしまうので非常におもしろいです。

ついでに、もう少し特許を調べた所、広島大学からも出ていました。

JP WO2008/108442
新規ポルフィラジン誘導体およびその中間体、新規ポルフィラジン誘導体及びその中間体の製造方法、並びにその利用

そこでは、チオフェン骨格を導入することによって、高い有機溶媒溶解性を出すとクレームしています。

Antoine6

長鎖のアルコキシ基を導入すると溶解性はあがりますが、アルキル基間のファンデルワールス力が強くなるため、分子同士が規則正しく整列した構造を取ることが難しくなり、結晶性薄膜を作りにくくなるとあります。
そのため、高い分子配向性(高い結晶性)が要求される電子物性の発現において不利であり、高性能の機能性デバイスを作製する上で障害となるという問題がある。と記載されています。

それではこれを題材に”化学工学的”にポルフィリンやフタロシアニンの溶解を考えてみましょう。

ポルフィリンやフタロシアニンは共役化合物と呼ばれる化合物で、2重結合が交互に、しかも2次元の平面上に広がっています。
そうしたものの最たるものはグラフェンでしょう。

Antoine6

こうした化合物は、平面上にπ電子が広がった構造をとり、πーπスタッキングという力によって分子同士が強く相互作用しており、溶解性は非常に低くなります。

では、どうしたらこのπーπスタッキングという力を定量化できるでしょうか? 
分子動力学(MD)や分子軌道法を使って様々な研究がなされています。

これを、圧力と温度の関係から見てみましょう。
文頭で述べたようにこの関係は、Antoine定数で表現される。

Antoine6

環化合物データ

YMBを使って、各化合物を計算してください。

また、三菱化学や広島大学の特許の化合物の物性を見る上で、ピロール、チオフェン類縁化合物の以下のものを同様に計算してください。

ピロール、チオフェン類データ

3cHex, 4cHexは文献値がありませんが、他の化合物についてはDipper801データベースに温度と蒸気圧のテーブルがあり、それを元にAntoine定数を決定しました。

決定方法はPirikaのこちらのページを参照してください

それをYMBでの計算値と比較した所、下のように良好にAntoine定数を推算できている事がわかります。

Solar Solar

この値のうち、Antoine Bは蒸発潜熱を示しています。
つまり分子間力に打ち勝つためのエネルギー差を示しています。

Solar

それをC6の環の数に対してプロットすると上のような図になります。
つまり、同じ炭素の数であっても、芳香族のAntoine Bの値は環状アルカンの値よりも大きくなります。
それは、分子間力に打ち勝つには多くの熱エネルギーが必要になるという事です。

また容易に類推できるでしょうが、共役系が大きくなるとその差はどんどん広がります。

これが化学工学的にπーπスタッキングという力を評価する一つの方法です。

Solar

極性を示すAntoine Cの値は芳香族と環状アルカンで差はありません。

ここでは、三菱化学の化合物(M-Pat)とPhenyl Pyrrolの差を検討したい、という事です。

M-Pat
PhPyrrol

ところが、下のグラフに示すように、Antoine Bの値は分子が大きくなるに連れ、値が大きくなるので炭素数の違うものは直接的には比べられません。

Solar

そこで、Antoine Bを分子量で割ったものについてプロットしてみます。

Solar

すると赤四角のフェニルピロールに対して、M-Patの化合物(緑三角)は分子量あたりの蒸発潜熱が小さいことがわかります。
すなわち分子間力が小さく溶解しやすい構造であることが定量的にわかります。

チオフェンの化合物ではチオフェンにフェニルがついたものが、分子間力が小さく溶解しやすい構造であることがわかります。(一番右の紫のX)

この両者がAntoine B/MWの値がほとんど同じなのが面白いです。
これ以上凝集力を下げると、結晶性薄膜にならなくなるのでしょう。

このようなやり方で分子間力を評価できるのは、化学工学を学んだ者だけができる特権なので是非使いこなしてみましょう。

ポルフィリン側はp型半導体になります。
これだけでは太陽電池にならず、n型半導体と組み合わせる必要があります。
三菱化学の特許ではn型半導体にフラーレンを使っています。

Solar

これらの修飾されたフラーレンの溶解性のデータは記載されていませんが、炭素素材の講義資料でフラーレン単独の溶解性について解説しています。参考にしてください。

そうして、できたものを積層させ太陽電池を作るのですが、これらの素材は湿気や酸素に弱いのでバリアーフィルムが必要になります。

フィルムの酸素の透過性についてはポリマーの講義資料を参照してください。
太陽電池のレベルになると樹脂単独では無理で、無機物の蒸着フィルムが使われます。

バックシートにはPETに無機物をコーティングしたものが使われます。

など。

DPP(TBFu)2 :3,6-Bis[5-(2-benzofuranyl)-2-thienyl]-2,5-bis(2-ethylhexyl)pyrrolo[3,4-c]pyrrole-1,4-dione、

Adv. Funct. Mat. 19, 3063 (2009), HSP determination in Adv. Funct. Mat.1, 211 (2011)には、実験から求めた値として、HSP値、[19.3, 4.8, 6.3]が記載されているといいます。

側鎖の設計などは、HSPiPユーザーは自分でやってみましょう

Drag=回転, Drag+Shift キー=拡大、縮小, Drag+コマンドキーかAltキー=移動。

溶媒をクリックすれば溶媒の名前が現れます。

どの溶媒がどの領域を溶解しているかを、溶媒をクリックしながら確認して欲ください。

もっと化学工学的な太陽電池

シャープ集光型太陽電池セルで世界最高変換効率43.5%を達成(頑張れ、シャープ!!)とあります。

太陽電池パネルの発電効率は、パネル温度に依存していて、パネル温度が上昇すると低下することが知られています。
それを避けるためにパネルを冷却する必要があります。
化学工学的にはあるものの温度を下げるのは熱交換器でしょう。

特許を調べてみると2種類の方法が見つかりました。

1つ目は、JP 2010-278405 A スマートソーラーインターナショナルの「太陽光発電システム及び太陽光発電装置」という特許です。
新聞発表では代替フロンを用いていると発表されていますが、特許ではエタノールを使っています。

モジュールを冷却装置(62)に封入した。
装置内は冷却液(64)で満たされている。
図示すように、レンズ(61)により集光され、シリコンセルとガリウムアルミニューム アーセナイドセルの動作時のセル温度が上昇しても、瞬時に冷却液が熱を奪い、導管(6 5)を通じて温度が上がった冷却液が、放熱器(63)に輸送され冷却される。
この冷却液が導管により集光部に戻されるため、再びセル・モジュールが冷却される。

とあります。

つまりドブ漬けで冷却するシステムです。
放熱先では水をあたため温水としても利用します。

Solar

2つ目は、JPA_2011077379 ジャスト東海の「太陽電池パネルの吸放熱システム」という特許でヒートパイプを利用したものです。

Solar

ヒートパイプとは、密閉容器内に少量の液体(作動液)を真空密封し、内壁に毛細管構造をつけたものです。
ヒートパイプの一部が加熱されると

加熱部で作動液が蒸発(蒸発潜熱の吸収)
低温部に蒸気が移動
蒸気が低温部で凝縮(蒸発潜熱の放出)
凝縮した液が毛細管現象で加熱部に還流

という一連の相変化が連続的に生じ、熱がすばやく移動します。

これはつまり蒸留と同じ原理です。

Solar

液体は温度が沸点に達すると、全てが気化するまでは温度が上がりません。

つまり沸点が25℃の液体が発熱体に接していると、発熱体が25℃になると蒸発潜熱を奪いながら蒸発するので発熱体は蒸発潜熱分冷却されます。
30℃の蒸気が上の方にたどり着いて、そこの部分が25℃以下であれば蒸気は液化して凝集熱を出します。

例えばビルの空調に利用する場合には、部屋の温度が25℃に達すると気化して、ビルの屋上が22℃(パイプの端にガーゼを巻いて水で湿らせる。風が吹いていて、水の気化熱が奪われればさらによい)だと液化(放熱)して毛細管現象で室内に戻ります。

パイプラインを温める、コンピュータのCPUを冷却するなどに使われています。
LiBなどのバッテリーも温度が高くなると性能が落ちるので、ヒートパイプは有用です。

特許ではアルコール、アセトン、HCFC-141b、142bなどが記載されています。

最初の特許の冷媒を評価するのであれば、次の熱伝導方程式

Solar

を解くために、比熱と熱伝導度が必要になりますが、これはYMBで計算できます。

次の特許の作動液を評価するのであれば、液体の沸点における蒸発潜熱がわかればいいですが、これもYMBで計算できます。

熱伝導度の推算に関してはPirikaのこちらの記事を参照
蒸発潜熱にの推算に関してはPirikaのこちらの記事を参照

それでは代表的な溶媒をYMBで計算し、実際に評価してみましょう。

冷媒データ

自由研究

耐熱性高分子もその多くは芳香環を多く持った構造をしています。
そうしたポリマーのTg点と繰り返し単位のAntoine定数を比較してみましょう。

例えば、カルボン酸が2つベンゼン環に付加した化合物は、付加した位置によってo-,m-,p-体が存在します。

そのAntoine定数を比較してみましょう。
o- 7.7449 2122.6 111.178
m- 7.7387 2653.5 65.949
p- 7.6750 2876.6 40.552

p-体はテレフタル酸と呼ばれ、PETの原料になります。
汎用ポリマーでは耐熱性が高く硬めのポリマーになります。
o-体はフタル酸と呼ばれ、これは可塑剤の原料です。
粘調な液体となりポリマーを柔らかくするのに使われます。
Antoine Bの値からも明らかでしょう。


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