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2012.1.12
日本の化学産業の強みは、高度成長期にさんざっぱら公害問題をやらかし、環境問題をないがしろにすれば結局は高くつくと身にしみて分かっていることだと思います。
こうした環境関連技術は海外に打って出るための大事な強みで、きちんと理解しておきましょう。
厚生労働省の医薬食品局が出した、室内濃度指針値があります。
こうした化合物はシックハウスの原因物質として室内濃度が規制されます。
幾つかの化合物についてはなじみが無いでしょう。
それらはこんな構造です。
クロルピリホス 防シロアリ剤
ダイアジノン ハエ、蚊、ゴキブリ防虫剤
フェノブカルブ 防蟻剤
こうした防虫剤以外にも、インクジェット・プリンターの溶剤、マニュキア用の溶剤など、様々な化学物質が、シックハウス原因物質として室内には溢れていています。
アルデヒド類は合板用接着剤、芳香族の溶媒は塗料の溶媒、スチレンは断熱材、フタル酸類はプラスティックの可塑剤に使われています。
これらの室内濃度が規定されていますが、それでは25℃での蒸気圧はどれだけか、どうすれば分かるでしょうか?
一般的な溶媒などはアントワン定数が分かっており、それから蒸気圧が計算できます。
Antoine定数の文献値が無い場合にはどうしたらいいでしょうか?
課題:
上記化合物についてYMBを使って物性推算を行いましょう。
その際に実験値の沸点とAntoine定数があるものは実験値を使い、実験値の無いものはYMB推算値を使いアントワン定数を求め、25℃での蒸気圧を求め、テーブルを埋めましょう。
濃度指針値データ
結果をプロットすると以下のようになります。
特に沸点の高い化合物は25℃での蒸気圧は非常に小さくなります。
それにしては、YMBで求めたAntoine定数は文献値のものと比較して非常に精度高く蒸気圧を再現できていることが分かると思います。
PirikaのAntoine定数推算技術に関してはこちらを参照してください。蒸気圧自体はPirikaのこちらの記事を参照してください。
シックハウス症候群(新築、改装の家で、アルデヒドなどの為に頭痛、吐き気などの症状が現れること)が出た場合に、誠意の無い業者は屋根裏、床下に活性炭の袋を積み上げ対策したと言いはり、トラブルになるケースがあります。
課題: こちらの記事を参照し、シックハウス原因物質の活性炭吸着予測量を算出しましょう。
シックハウスの原因物質が活性炭で吸着除去できるかどうか判断してください。
キャンバスに分子を描けばどのくらいの吸着量かを得る事ができます。
詳しい分子の描き方はこちらを参照してください。
このように、一旦モデル式が作成できれば容易に新しい溶媒を使った時の吸着量を推算できます。
化学系の実験設備では除外塔を使い、酸性物質、塩基性物質、水溶性物質を除去することは普通に行われています。家庭内で吸収塔を建てるのは不可能ですが、例えば金魚のブクブクを使って部屋の中の空気中のシックハウス原因物質を水に吸収させることを考えてみましょう。
ヘンリー定数(Wiki)は、気体の溶解度は圧力に比例するという法則で、その比例定数をヘンリー定数と呼びます。
p = KHχ
溶質の蒸気圧をp、モル分率をχとすると、KHは比例定数になります。
この値が小さいものは、一定濃度水に溶かしたときの蒸気圧が小さい、つまり水に吸収されやすいことを示します。
(ヘンリー定数のPirikaの記事はこちらを参照してください。)
課題:YMBでは標準出力に水に対するヘンリー定数の推算結果が入っていますので、下のテーブルを埋めてみましょう。
結果をプロットすると以下のようになります。
構造のみからヘンリー定数](が良好に推算できていることが確認できます。
吸着、吸収などの操作を行っても除去できなかった化学物質は大気へと放出されます。
そして大気中に豊富に存在する水酸基ラジカル(OHラジカル)に水素を引き抜かれ分解します。
そこで分子中に水素を持たないフロン化合物はOHラジカルで分解されず、成層圏まで到達しオゾンを分解しました。(逆に言えばオゾン層を壊し、大問題になりました。)
このOHラジカルとの反応速度と大気寿命をプロットすると非常にきれいな相関関係があることが上の図のように示されます。
従ってOHラジカルとの反応速度が分かれば大気寿命が予測できることになります。
課題:
下のテーブルの化合物をYMBを使って計算しましょう。そしてYSBを使ってモデル式を構築し、シックハウス原因物質の大気寿命を予測しましょう。
VOC化合物のOHラジカルとの反応速度、大気寿命データ
このモデルでは化合物のHOMOが重要になります。
ラジカルがHOMOにアタックするためでしょう。
しかし、HOMOが引き抜かれる水素のところにあるとは限らず、モデル式の精度はあまり高くな利ません。
目安程度の利用となります。
大気中では、雨によって化学物質は湖、海に流れ込みます。
特に非水溶性の高い化合物は生物中の脂肪などに濃縮され、食物連鎖によって人間にも影響を与えます。
生物濃縮性データ
課題:
VOC化合物の生物濃縮性をYMBを使って計算しましょう。
そしてYSBを使ってモデル式を構築し、シックハウス原因物質の生物濃縮性を予測しましょう。
この生物濃縮性を求めるモデル式で一番重要なファクターは何であったでしょうか?
これで、家庭内で取り扱う化学物質のアセスメントの基礎ができあがりました。
それでは実際に設計を行ってみましょう。
家庭内で使われる化学物質として、マニュキュアの除光液を取り上げましょう。
マニュキュアとは、工業用などのラッカー塗料とほぼ同様で、アクリルやニトロセルロースなどの合成樹脂を着色し有機溶剤に溶いたものです。
有機溶剤としてはアセトンなどが用いられますが、アセトンは使いすぎると爪を黄変させたり、引火性なので取り扱いに注意が必要です。
アセトンはシックハウス原因物質とはされていませんが、化学産業の現場では、HAP(Hazardous Air Pollutant、有害大気汚染物質)と認定され厳しく使用が制限されています。
このアセトンの代替溶媒を設計してみましょう。
代表的なマニュキュア液と除光液を調べてみると次のような代物であることがわかります。
マニュキュア液:
ニトロセルロース(10-20%)トルエン(10-35%)、酢酸エチル(10-20%)、酢酸ブチル(0-40%)、アセトン、エタノール
マニュキュアの除光液:アセトン(60-90%)、酢酸エステル(0-60%)
これらのうち、
アセトン:小児の経口中毒量2-3ml/kg、ラット、LD50:9750mg/kg
トルエン:ヒト経口最小致死量 50mg/kg、ラット、LD50:636mg/kg
は毒性も高く、家庭内に漂ってほしくない溶媒だろう。
ネットなどで検索すると、最近、ノン・アセトンタイプの除光液と大々的に宣伝しているものがあります。
その除光液の組成を調べてみると、メチルエチルケトン(MEK)、イソプロパノール、水の混合液とあります。
ノン・アセトンで、MEKというケトン化合物を使うか!?
しかも、MEKはラット経口のLD50=2737mg/Kgとアセトンの9750mg/kgより小さい、つまり急性毒性が高い溶媒です。
こうした溶媒の代替を探す場合、毒性の少ない溶媒を探しても意味がありません。
まずマニュキュアの光り輝いている部分、つまり、ニトロセルロースを溶解する溶媒でかつ毒性の少ない溶媒を探さなくてはなりません。
ではどのような溶媒を探せばニトロセルロースをよく溶解するのでしょうか?
同じ量ポリマーを溶解したときに、溶け方によって変わる物性は何でしょう?
ある溶媒にある分子量のポリマーを溶かし、その濃度を数点ふり粘度を測定しプロットします。
濃度が0の所に外挿した点を固有粘度と呼びます。
(固有粘度の推算に関してはPirikaの資料を参照してください。)
ηrel=η/η0
ηrel:相対粘度, η:溶液粘度, η0:溶媒粘度
ηsp=ηrel-1
ηsp:比粘度
ηsp/c=A*c+[η]
[η]:固有粘度(極限粘度) , c:濃度,A:定数
この分子量に対する[η]:
固有粘度の関係をMark–Houwink 式で整理する。
[η]=K・Mα
[η]:固有粘度、M:ポリマー分子量、k,α:系特有の定数
多くの場合、αの値は0.5<α<1.0の範囲に入り、 α=0.5で貧溶媒 α=1.0で良溶媒となります。
そこで、溶媒の種類によるαの値が溶媒の構造から推算できれば、溶媒が良溶媒か貧溶媒か見当がつきます。
ニトロセルロース場合、このMark–Houwink 式のパラメータはポリマーハンドブックに記載があります。
Mark–Houwink式パラメータ
課題:
αとKの関係をプロットしてみましょう。
αとKの間には下図のような関係があるので、どちらか一方が推算できればよいことが分かります。
次に、YMBを使い溶媒の物性値を計算して、αを予測するモデル式を構築しましょう。
例えば、次式のA-Eまでの係数を決定してみましょう。
モデル式=A*Hansen dD +B*Hansen dP +C*Hansen dH +D*log(Viscosity)+E
αはハンセンの溶解度パラメータ、dD, dP, dHとlog(粘度)でモデル式を作るのは1つの方法だと言えます。
他の物性値を使ったモデル式を検討しましょう。
粘度の推算に関してはPirikaのこちらの記事を参照してください。
ノンアセトンの除光液に記載されている溶媒の他、いくつかの、いわゆるグリーン・ソルベントのα値を予測してみましょう。
(グリーンソルベントに関しては2012年講義資料を参照してください)
グリーンソルベント・データ
この中で非常に興味深いのは乳酸メチルです。これは、バター、エーテル香の合成香料でラット経口のLD50=5000mg/Kgと食べても安全、生分解性も高く、魚毒性も低い溶媒です。
引火点は49.4℃で危険物第4類・第2石油類になります。アセトンは引火点-17℃で第1石油類なので、それと比べれば遥かに使いやすい溶媒です。
と喜んでいたら、特開2000-119142という特許が既に乳酸エチル、メチルを押さえてありました。
しかし考え方は間違っていないことが立証されたとも言えます。
特許に無いような溶媒、混合溶媒を設計する技術を磨いてください。
キャンバスに分子を描けばどのくらいの溶解度かを得る事ができます。 詳しい分子の描き方はこちらを参照してください。
このように、一旦モデル式が作成できれば、容易に新しい溶媒を使った時の溶解度を推算できるようになります。
それをバッチで走らせて一番いいものを探すなども簡単にできてしまいます。
こうした研究方法が、どんどん一般的になってきています。
最近、新聞で報道されている、ジクロロメタン、ジクロロプロパンのαの予測値を求めてみましょう。(2012年グリーンソルベントの講義資料を参照してください。)
家庭内の化学物質として、2番目にはインクジェット・プリンター用のインキを例題にあげましょう。
今ではそんなことは無いでしょうが、昔のインクジェット・プリンターのインクには、キシレン、トルエンなどが溶媒として使われていました。
従って年賀状印刷の季節、部屋の中には有機溶剤が充満することになります。
このインク、現在ではどんなものが使われているのかを、MSDS(Material Saftey Data Sheet:化学物質安全性データシート, 社会人になってMSDSって知りませんってことの無いように必ず覚えておくこと!)を入手してみました。
すると、C社製のインクのMSDSは上記のようになっています。
グリコール類と書いて営業秘密として詳しい構造を明かさない以上、毒性のあるものであるはずはありません。
(もし毒性のある溶媒をつかいながら、内容を明かさないのであれば製造物責任法、PL法違反が問われるるでしょう。)
グリセリン(ラット、経口LD50=12600mg/Kg)、
イソプロピルアルコール(ラット、経口LD50=5045mg/Kg)
なので急性毒性上は問題ないだろう。
そこで特許を調べ、C社のインクの特徴を調べてみました。
インクに酢酸セルロースを溶解しておき、溶媒が紙に移行すると酢酸セルロースが皮膜を作り、これが耐水性皮膜になるというのがポイントらしいです。
このインクの特許は実はインクメーカーの特許で、溶媒の種類によってはインクジェットのノズルが詰まってしまうことをクレームにあげています。
それでは、ノズルの詰まらない、安全で耐水性の高い印刷を与えるインクを設計してみましょう。(インクジェット技術に関しては2012年講義資料を参照してください)
まず、最初に大事なのは、マニュキュアのときと同様に、ポリマーは鎖がのびて溶解している必要があります。左のようにくしゃくしゃして溶けていると、溶媒が蒸発して乾燥したときにポリマー鎖同士が絡み合わず、きれいな膜ができません。
従ってポリマーがニトロセルロースから酢酸セルロースにかわっただけで、必要なのは、Mark–Houwink 式のαが大きな溶媒を探索することです。
2013.8.5 Eastman社のカタログからセルロース誘導体の溶媒設計を行う方法を解説しました。
酢酸セルロースのKとαの値もポリマーハンドブックに記載されています。
酢酸セルロースのKとαデータ
そして、上記溶媒をYMBで計算してYSBのデータセットを準備します。そしてマニュキュアのときと同じく、モデル式を作成します。
モデル式=A*Hansen dD +B*Hansen dP +C*Hansen dH +D*log(Viscosity)+E
αは同じくハンセンの溶解度パラメータ、dD, dP, dHとlog(粘度)で表現できることがわかります。(当然、A-Eの係数は異なります)
粘度に関してはPirikaのこちらのページを参照してください。
キャンバスに分子を描けばどのくらいの溶解度かを得る事ができます。
詳しい分子の描き方はこちらを参照してください。
このようにモデル式が得られれば、後はグリーンソルベントのテーブルにある溶媒のα値を片っ端から計算し、αの大きいものを選択すれば良いだけになります。
ちなみにグリコール類だけを抜き出してみると次のようなものがあります。
αを予測してみましょう。
少し疎水的なフェニルエーテルを持った構造がαを大きくしています。他の成分、グリセリンやIPAは完全水溶性なのでうまく混じるかがちょっと懸念材料です。片方の水酸基をアセテート化せずに残したプロピレングリコールフェニルエーテルあたりが良いかもしれません。
メーカが特許を書くときに、コピーをされないようにノウ・ハウとして情報を隠す事があります。
そのような場合でも、全てのグリコール類をこのように網羅的に計算し(Smilesの構造式を系統的に作れば良いだけ)αの大きいものを特許化してしまうパラメータ特許は強力です。
使い方をマスターしておきましょう。
グリコールにこだわらなければ、
benzyl lactate のαの予測値は1.02になり、酢酸セルロースは完全に広がった状態になることが予想されます。
この化合物も香料で、floral fatty butter fruityな匂いとされます。
引火点は117℃で危険物第4類、第3石油類なので取り扱いはかなり楽になります。
毒性のデータは今のところありませんが、加水分解物のベンジルアルコールも乳酸も安全な化合物であるので安全性は高いでしょう。
このように乳酸エステル類は生物由来のことが多いため、高沸点溶媒としては魅力的な溶媒です。
特許も自分が見たところでは出ていないようです。
さらに、インクジェットのインクに使うには、インクの液滴の大きさを決めるであろう、表面張力や粘度、乾燥時間の指標になる、RER(酢酸ブチルを100としたときの相対揮発度)などが重要になってきます。
グリーンソルベント類のRERを沸点に対してプロットすると以下のようになります。
低沸点のものは、蒸発する際に蒸発潜熱を奪い(蒸発潜熱に関してはPirikaのこちらのページを参照してください)、基材の温度が低下する分、揮発度が減るなどの効果が混じるため精度は低いです。
高沸点溶媒では沸点がわかればおおよそのRERの値は沸点から予測することができます。
表面張力と粘度についてはYMBの中に推算する機能が搭載されています。
これをグリーンソルベントのテーブルにある化合物に適用した所以下のようになります。
精度は低そうに見えるが、グリーンソルベントは、複数の官能基(エーテル、エステル)を含むため、構造のみから物性を推算するのはとても難しいです。
Pirikaの表面張力の推算法のまとめ、粘度の推算法のまとめを参照してください。
インクジェットに関する他の技術は2012年講義資料を参照してください
グリーンソルベントの作り方はこちらの資料を参照してください。
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