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2005.1.14
MOPAC PM3の分子軌道計算ってどのくらいの計算精度なのでしょうか? 半経験的分子軌道法などもとから精度は期待していないって言うかも知れませんが計算の速さ、扱える分子の大きさなどメリットも一杯あります。また反応速度の絶対値が判らなくても相対値ならどのくらいまでいくのかをラジカル反応のr1r2値で比べてみる事にします。
r1、r2というのはラジカル重合の素反応を
M1・ + M1 ー> M1・ 反応速度定数 k11
M1・ + M2 ー> M2・ k12
M2・ + M1 ー> M1・ k21
M2・ + M2 ー> M2・ k22
としたときに、
r1=k11/k12 r2=k22/k21で定義されるもので、様々な組み合わせについてポリマーハンドブックや教科書などにまとまったものがあります。
ここで反応速度定数kijを
kij=Aij*e(-dE/RT)
というアーレニウスの式にしてdEの所にMOPAC、PM3で求めた活性化エネルギーを入れます。頻度因子と呼ばれるAijは本来は振動計算から得られるエントロピーから算出しますがMOPACの振動計算は精度が低いのと2種類のモノマーで大きくは変わらないだろうから分母と分子でキャンセルするだろうと考えてここではAijは無視します。そうすると
r1=e(-dE1/RT)/e(-dE2/RT)
で温度の項も消えてしまいます。PM3の計算結果を整理するとこうなります。
PM3 | StR | MMAR | ANR | VDCR | VCR | VacR | malR | AMR | VFR |
St | 1.00 | 0.05 | 0.04 | 0.26 | 0.11 | 0.44 | 0.00 | 0.03 | 0.11 |
MMA | 5.72 | 1.00 | 0.22 | 4.59 | 1.16 | 4.66 | 0.02 | 0.51 | 1.36 |
AN | 11.40 | 1.39 | 1.00 | 3.22 | 1.29 | 2.78 | 0.08 | 0.61 | 1.23 |
VDC | 3.73 | 0.28 | 0.21 | 1.00 | 0.38 | 0.37 | 0.02 | 0.13 | 0.42 |
VC | 19.12 | 0.68 | 0.59 | 2.08 | 1.00 | 4.46 | 0.03 | 0.32 | 0.99 |
Vac | 3.80 | 0.17 | 0.09 | 1.95 | 0.29 | 1.00 | 0.00 | 0.07 | 0.29 |
Mal | 28.78 | 11.39 | 16.34 | 22.74 | 5.10 | 2.18 | 1.00 | 20.83 | 4.96 |
AM | 25.05 | 3.41 | 1.45 | 8.70 | 2.21 | 13.77 | 0.23 | 1.00 | 5.19 |
VF | 15.75 | 0.66 | 0.57 | 1.86 | 1.05 | 3.52 | 0.02 | 0.34 | 1.00 |
そうすると例えばスチレンラジカル(StR)がスチレン(St)と反応する速度を1としたときにMMAが5.72という事はMMAに比べStの方が5.72倍反応しやすいということをあらわしてしているテーブルが作れます。
反応性比の文献値は
r1r2 | StR | MMAR | ANR | VDCR | VCR | VacR | MalR | AMR | VFR |
St | 1.00 | 0.46 | 0.33 | 0.09 | 0.02 | 0.10 | 0.10 | 0.18 | |
MMA | 0.52 | 1.00 | 0.15 | 0.25 | 0.07 | 0.02 | 0.02 | 0.34 | |
AN | 0.40 | 1.20 | 1.00 | 0.60 | 0.04 | 0.06 | 0.00 | 0.95 | 0.005-1 |
VDC | 2.00 | 2.75 | 0.80 | 1.00 | 0.30 | 0.05 | 0.00 | 0.65 | 0.16 |
VC | 17.00 | 16.10 | 2.70 | 3.20 | 1.00 | 0.23 | 0.01 | 4.40 | 0.11 |
Vac | 55.00 | 20.00 | 4.05 | 6.70 | 1.68 | 1.00 | 0.00 | 9.00 | 0.25 |
Mal | 0.01 | 3.50 | 6.00 | 9.00 | 0.30 | 0.06 | 1.00 | 2.80 | |
AM | 0.75 | 1.69 | 1.40 | 0.85 | 0.12 | 0.10 | 0.02 | 1.00 | 0.01 |
VF | 24-44 | 6.00 | 11.60 | 3.50 | 43.00 | 1.00 |
このようになります。溶媒の違い、開始剤の違い、重合条件の違いで文献値も大きく変化します。3倍以内(1/3)に入っているものをピンクの色をつけてみました。対角項は1.0ですので無視するとして勝率は20/66ですので3割をちょっと超えるぐらいです。傾向としてもどれが特にいいという訳でなく万遍なく散らばっています。
特に交互共重合として著名な、スチレンー無水マレイン酸の場合実験値のr1では、スチレンラジカルは無水マレイン酸のモノマーに対して0.01ですから100倍無水マレイン酸に反応しやすい。反応してできた無水マレイン酸のラジカルはスチレンモノマーに0.1ですから10倍無水マレイン酸モノマーより反応しやすいという事が解っていてこれからこの系は交互共重合するとわかります。MOPAC PM3の計算結果ではスチレンラジカルは無水マレイン酸モノマーに28.78ですのでスチレンモノマーの方に反応しやすい。ですから同じモノマーの濃度であれば28個スチレンがつながると一つ無水マレイン酸が反応しできたマレイン酸ラジカルはスチレンに対して0.00ですからすぐにスチレン鎖に戻るというのがPM3の結果で現実とは大きくずれています。
酢酸ビニルー無水マレイン酸もr1=0.06、r2=0.00で典型的な交互共重合のシステムですがPM3の計算結果ではr1=2.18ですので交互共重合になりません。
堀先生のところでやられている遷移状態データベースでは遷移状態をMOPACで求めた後にB3LYP/6-31G*で再計算しています。やはり定量性を議論する時には半経験的分子軌道法では無理があります。そこでB3LYP/6-31G**で計算し直してみました。
B3LYP | StR | MMAR | ANR | VDCR | VCR | VacR | malR | AMR | VFR |
St | 1.00 | 0.34 | 0.20 | 1.10 | 0.16 | 13.13 | 0.00 | 0.59 | 0.03 |
MMA | 0.30 | 1.00 | 0.70 | 0.13 | 0.07 | 0.05 | 0.00 | 0.61 | 0.00 |
AN | 0.05 | 0.09 | 1.00 | 0.11 | 0.03 | 0.01 | 0.04 | 2.13 | 0.00 |
VDC | 1.22 | 1.20 | 2.42 | 1.00 | 0.24 | 0.12 | 0.02 | 2.26 | 0.02 |
VC | 8.98 | 7.16 | 9.18 | 1.66 | 1.00 | 1.01 | 0.06 | 16.86 | 0.17 |
Vac | 20.36 | 5.69 | 5.86 | 1.61 | 2.66 | 1.00 | 0.02 | 11.42 | 0.29 |
Mal | 0.03 | 0.38 | 229.14 | 4.89 | 0.08 | 0.00 | 1.00 | 2.87 | 0.00 |
AM | 0.11 | 0.30 | 0.80 | 0.11 | 0.10 | 0.11 | 0.01 | 1.00 | 0.01 |
VF | 121.45 | 14.60 | 34.43 | 2.94 | 6.33 | 7.71 | 0.06 | 25.80 | 1.00 |
今度は勝率40/66で6割を超えています。St、AN、Malのモノマーの時に悪い結果になっています。それでも、スチレンー無水マレイン酸も酢酸ビニルー無水マレイン酸もどちらも交互共重合になると予測できているのでまあまあの精度だと言えます。このMOPAC PM3での計算結果と反応性比r1の一致が悪いのは、頻度因子を無視した事に依るのでしょうか? それとも活性化エネルギーdE自体が悪いのでしょうか? 試しにPM3のdEとB3LYP/6-31G**のdEをプロットしてみます。
これを見る限りPM3の計算ではdE自体も良くないとわかります。dEの精度が低い事、頻度因子を無視した事、両方の原因で反応性比が再現できない事がわかりました。
それでは計算で反応性比を推算するにはどのレベルの非経験的分子軌道計算をすればいいのでしょうか?
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